□残桜の下にて眠る
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ついこの間まで淡い桜色に
染まっていた道の真ん中に
胡座をかいて座り込み、
大きく息を吸い込む。

肺に満ちた透き通るような
空気にもう甘さはない。
あの桜の甘い味は、もう。

地面には役目を終えた
桃色の柔らかな花弁が
辺りを埋め尽くしている。
それを一握りして
ゆっくり手の平を広げれば
風に飛ばされてそれらは
ぶわりと空中に舞った。

「今年も、見事でしたね」

その様子を後ろから
見ていた左近が静かに呟く。
何も言わずに頷くと
「うーどっこらせ」と
どこぞの親父のような
掛け声と共に左近は俺の背中に
背中をひっつけて座り込んだ。

じわりじわりと
背中から左近の体温が
伝わってくる。
お互い呼吸をするたびに
微かに背中が動いている。

たったそれだけなのに、
どうして、こんなに。

「ねえ、殿」

「なんだ」

「桜の下には死体が埋まっているらしいですよ。だから桜はこんな色なんですって」

「………お前は空気が読める奴だと思っていたんだがな」

「殿に空気が読めるだの読めないだのと言われたくないですなぁ」

幸せだな、と感じた瞬間
そんな話をされるとは。
舌打ちをしながら後ろで
からからと笑っている左近を
肘で軽く小突いた。

「で。それがなんだ」

「いや…俺も死んだら桜の下がいいな、と」

「悪趣味だな」

「だって、」

するりと背中から
左近がいなくなった。
思わず振り返ると同時に
俺の頭上から桜の花弁が
ひらひらと舞い踊った。

左近は手の平の桜を
俺の真上から降らせながら
穏やかに笑った。

「だって、こうやって、また殿のもとに帰って来られるでしょう?」



―――…嗚呼。



「なら、俺も桜の下がいい」

「殿は駄目ですよ」

「な、なんでだ!」

「俺よりも先に死なせませんし、なにより殿なんか埋めたら桜が枯れちまいますって」

時々、この男は本当に
俺が主君であることを
分かっているのか不安になる。
でも今更家臣らしくされても
あまりの物足りなさに
先に自分が音を上げるのは
眼に見えている。

なにか言い返そうと
開いた口が大人しく
閉じていくのを感じながら
俺は苦笑いを浮かべた。

「お前には敵わん」

「それは良かった」














(たとえ、叶わなくとも)














 
 

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