□もう逃げていい?
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今思い返せば自分は
酷く単純でたちの悪い
詐欺に合ってしまった
気がしてならない。

「左近、なにも言わずにこれを着るがいい。というか、着ろ。命令だ」

義がなんだの、
同志がなんだのと
口説いたかと思えば
最終的に自分の石を
半分俺に差し出して
しまったその度胸に
俺は惚れ込んだ。
しかし俺が惚れたのは
決して今目の前にいる
変態などではない。
やっぱり詐欺だ。

「お断りします」

目の前に付き出された
遊女が着るような女物の
きらびやかな着物に俺は
セールスマンを追い払う
沢山の主婦の方々も
顔負けな程にハッキリと
丁寧にお断りした。

「なぜ嫌がる!」

しかし殿はお断りしても
とことんしつこい。
セールスマンも顔負けの
しつこさなんだコレが。
納豆に更に納豆菌を
混ぜたようだ。

口には出さないが
面倒臭いな、と
内心溜め息を吐きつつ
俺は正座をし直して
殿を真っ直ぐに見た。

「それはその着物が女物だからに決まっているでしょう。左近にはそんな趣味はありませんよ」

「左近…俺は…見たいのだ…!」

うるうるとしながら
殿は俺に懇願する。
昔の俺なら仕方なく
折れていたところだが
今はそうはいかない。
というか、頼み事が
頼み事なだけに絶対に
引き受けたくない。

「殿、諦めて下さい。だいたい俺なんかより幸村とかの方が似合いますよ?」

「ふん、分かってないな左近。お前が着るから興奮するのだよ。それにお前は美人だからきっと似合うぞ!」

興奮するとか美人だとか
似合うとか似合わないとか
そんな問題の前に、
俺は男なんですがねえ。
呆れながらこの主人を
どうしたもんかと考えた。

…そうだ、逃げよう。
今を乗り切るのなら
これしかないな、と
俺は決断した。

「殿」

「なんだ、着る気になったか」

「ちゃんとあとで着てあげますから、ちょっと厠に行ってきても?」

「逃げるつもりだろう」

「おや、殿は左近を信じられないのですか」

言った途端に殿の顔が
分かりやすく曇った。
笑いそうになりながらも
ずっと黙っていると
殿が小さく呟いた。

「早く戻れ」

「はいはい」

殿には悪いが俺は
女物の着物を着るなんて
真っ平御免だ。
そんなこんなで俺は
上手く殿から逃走できた。
しかし下町に逃げるために
城門まで辿り着いた時に
それは現れた。

「何処に行くつもりですか?左近殿」

「…幸、村?」

赤が目の前を塞いだ。
それは先程話にも出た
幸村だった。
通りすがりにしては
険しい顔をしていて
敵意さえ感じられる。
現に門の前に仁王立ちで
通すまいとしている様だ。

試しに一歩進んでみると
幸村は素早く動いて
武器の槍を構えた。
ああ、これはまさか、と
嫌な予感が過る。

「幸村…殿に頼まれたのか?」

「はい。左近殿が城から出ようとしたら追い返せ、と」

予想が的中してしまい
左近は頭を抱えた。
殿はどうしてもアレを
俺に着せたいらしい。
…どうする。
この場を切り抜けるには
幸村をどうにか
するしかない。
だが今の俺は丸腰だ。
もう運に頼るしかない。

「お願いだ幸村、そこを通してくれ」

「なりません!三成殿との約束を破るなど!義に反します!」

「幸村…っ」

精一杯の助けを込めて
幸村を見つめると
やはり良心が疼いたか
幸村の強い視線が
少しだけ揺らいだ。
よし、後少しだ。
そう思い口を開いた刹那
後ろに気配を感じて
慌てて振り返ると
そこには、今一番
会いたくない人である
殿が涼しげに立っていた。

「幸村、ご苦労だったな」

「み、三成殿…」

「左近、俺との約束を破った罰は重いぞ」

口を開いたまま皮肉も
言えないでいる俺に
殿は満足そうに笑い
俺の腕を掴むと、
半端引きずるようにして
部屋へと戻りだした。

ああ、なんて厄日だ。
こんなことになるなら
素直に着れば良かった。
まさか罰まで
重なってしまうとは…
今日の俺、ご愁傷様。

殿に引きずられながら
涙目になっていると
ふと目の前に影が指して
見上げればそこには
幸村が立っていた。






 
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