□神様ならば
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死ぬ覚悟はいつでも
出来ていた。
少なくとも戦場で
死ぬのを望んでいた。
恐ろしくはない。
ただ俺は殿の天下を
掴み取る為に剣を抜く。
その為なら…
死んだって構わない。

ずっとそう思ってた。
アンタに会うまでは。



―――――――――……



じんじんと右胸が痛む。
貫通したままの矢が
呼吸をする度に揺れる。

「俺としたことが…ちょいとばかし油断しちまったか」

敵を蹴散らすことに
集中しすぎて
不意を突かれてしまい
この様である。
急所はなんとか体を捻り
外したものの先程から
矢を抜いてしまえば
血が吹き出すだろう。
しかもご丁寧に矢には
毒が塗られているらしく
徐々に痺れが広がる。

「…殿になんて説明しようかねえ」

左近の脳内では三成が
顔を真っ赤にしながら
怒鳴り散らす様が
容易に浮かんで消えた。
左近は苦笑いを溢して
ふらりと倒れ込んだ。

遠退く意識の中で
味方の歓声を聞いた。
どうやら勝ったらしい。

「(なら、誰か拾ってくれる、か)」

と、呑気に納得して
左近は目を閉じた。
しかし意識を手放す直前
乱暴に体を引っ張られ
一気に意識は覚醒した。

「左近!なにをこんなところでヘバっておる!ふんばらんか!」

嫌なほどに聞き覚えが
ある声だった。
どうしてここに?
というよりどうして
仙人というのは
何処にでも現れるのか。
いや、ただ単に今
目の前にいる仙人が
ウロウロしすぎなだけの
気もするのだが。

「伏犠、さん…?」

「今から治療をしてやるからジッとしておれ」

「う"ぁあっ…」

ぐるりと体を反転
させられたと思えば
刺さっていた矢を
一気に引き抜かれた。
あまりの痛みに
情けない悲鳴が漏れる。
どくどくと溢れる血が
温かく胸元を汚していく。

「な、んてこと…してんですかアンタ、は」

「なあに、安心せい。儂を誰だと思っておる」

仙人じゃぞ!
伏犠はそう言い切ると
血が溢れる傷の上に
手をかざした。
するとみるみる内に
傷は癒えていき、
痺れは残っているが
痛みも無くなった。

左近が呆然としながら
伏犠を見上げれば
伏犠はニコリと笑った。
少し悔しい気もしたが
仙人なのだから
今は頼るしかない。

「…ありがとうございます」

「全くじゃ。目の前で倒れよって…心配したぞ」

「俺は伏犠さんの目の前じゃなかったら助かりませんでしたよ」

「それもそうじゃなあ…他の奴だったら弱った左近を良いことに色々するかもしれんしのぅ…」

…いきなりなにを
言い出すのかこの仙人は。
左近は呆れながら
冷たい目で伏犠を見た。

「なんですかそれ…しませんよ」

「どうじゃろうなあ…儂は左近がやらしい声出すから今すぐ襲いたいぞ」

「…誰がいつやらしい声なんて出しましたか」

「矢を抜くとき。あの艶のある悲鳴、痛がる表情、苦しそうな息…情事を思い出してしもうたわ!」

「…変態仙人」

「なんとでも言え」

にやにやと笑いながら
距離を縮めてくる伏犠に
左近は後退る。
頬が無意識にひきつった。

「ちょ、冗談キツイですよ。ここをどこだと思ってるんですか」

「なんじゃ、この間は外でしたじゃろう。変わらんわ」

「あれは伏犠さんが無理矢理…って、脱がすなあっ!!」

痺れた体に力を振り絞り
相変わらず巧みな
動きをする伏犠の手に
必死で対抗する。
しかしいつもよりも
動きが鈍ってしまい
あっという間に伏犠に
組み敷かれてしまった。

「大人しくせい、左近」

「はあ…完璧な強姦ですよ、コレ…」

「和姦ならいいのか?」

妖艶に笑った伏犠の唇が
ゆっくり首を吸った時
左近はもう脱力し
諦めかけていたが
開いた視界に見える空に
見覚えのある赤茶髪が
揺れているのを見た。

「………殿?」

その人の名前を呼べば
飛んできたのは罵声と
武器用の扇子だった。

「貴様!今すぐ左近から離れろ!この変態仙人が!」

「ぬおっ!?」

伏犠はなんとか三成の
攻撃を避けたらしく
慌てて左近の上から
飛び退いた。
左近は助かった、と
冷や汗をかきながらも
自力で起き上がり
三成の後ろに避難した。

「佐和山の二人揃って儂を変態仙人とは…傷付くのう」

「五月蝿い、変態仙人が。左近にまた必要以上に近付いてみろ、仙界に攻め込んでやる!」

「それは困るな」

あまり困ってなさそうな
表情で笑う伏犠と
顔を真っ赤にしながら
怒鳴る三成の妙な喧嘩に
左近はただ後ろで
大人しくしているしかない。

「まあ、今回は見逃してやろう左近。また、な」

「貴様、待てっ!誰がまた会わせるか!」

意地の悪い笑顔で左近に
手を振りながら伏犠は
煙に包まれて消えた。
しかし三成は伏犠の
言葉にご立腹のようで
まだ喚いている。

「まあまあ、殿。落ち着いてくださいよ」

そう言葉をかけながら
やっぱり伏犠の前では
怪我をしないように
しようと左近は誓った。










(全てを救ってみせて)











 
 

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