□相変わらず貴様は
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城が静かな理由は
分かっていた。
毎日通うように城に
来ていた金獅子。
天下一とも言える
傾き者の男が
いないのだ。

少し遠出をしてくる、と
ヘラヘラ笑ったかと
思えば慶次が
いなくなって
一週間も経っていた。

「相変わらず雲みたいな奴じゃのう…」

手を伸ばしてもがいて、
やっと掴んだと思っても
気付けば手を
すり抜けている。
政宗はそれが
気に入っていたが
慶次の顔を一週間も
見れていない事に気分は
沈むばかりだった。

「顔を忘れてしまうわ、馬鹿め」

忘れる訳がない。
いつだってふと気付けば
慶次の事ばかり
考えているのだから。
それがなんだか無性に
悔しくて苦しくて
情けなくて政宗は
ごろんと勢いよく
後ろに転がった。

「む、」

その時に、ふと
棚の上に置いてある
金魚鉢が視界に入った。
その中で優雅に
泳いでいた鮮やかな
赤の金魚が水面に
浮いている。

「(…死んだ、か)」

その金魚は慶次に
無理矢理誘われた祭りで
取ったものだった。
政宗は最初に飼うのを
嫌がったが慶次に
何度も頼み込まれて
とうとう折れた。

それから慶次は
城へ来る度に
金魚鉢の中でユラユラと
泳ぐ金魚を眺めては、
硝子を指先で
つついたりして
優しく笑っていた。

心なしか金魚も
慶次が来ると
喜んでいるような
気さえした。
金魚にさえ
嫉妬しそうだったが
慶次の笑顔を見ていたら
熱心に世話をしている
自分がいて。

ああ、そうか。

政宗は起き上がって
金魚鉢の前に座り
金魚の亡骸を見つめた。

「お前も慶次がおらぬと寂しくて死んでしまうんじゃのう、」

儂も、じゃ。

どんなに良い環境に
囲まれていたとしても、
慶次がいなければ
意味がない。
それは死よりも
恐ろしく寂しい事だ。

そっと金魚鉢の
硝子に手を添えた。
水の温度がやんわりと
指の腹を伝わる。

ふと、後ろにかすかな
息遣いが聞こえ、
それに気付いた時には
政宗の後ろから
鍛えられた男らしい腕が
伸びて来て、同じように
金魚鉢の硝子を撫でた。
それが誰かなんて
振り向かなくても
分かっていて、
政宗は微笑した。

「死んじまったのかい」

「馬鹿め、遅いわ慶次」

「祭りの金魚にしては、よく生きた方だったねえ」

ゆっくりと政宗が
振り返ると眩しい
金髪を揺らして
いつもと同じように
慶次が優しく
笑んでいた。

何処へいたのか。
なにをしてたのか。
もう聞く気はなかった。

政宗は再び金魚に
目を逸らして
慶次の手が硝子越しに
それを愛しそうに
撫でるのをぼんやり
見ていた。






 
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