□夏、君もよう
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どん、どん、どん、どん

遠くの方から心臓に
響くような太鼓の音や
陽気な音を奏でる笛の
音が聞こえる。
町では人がワイワイと
賑わっていて屋台が
立ち並び、もうすぐ
始まる花火を
待望んでいる。

窓を全開に開けて
虫が入ってくるのも
気にせずに左近は
その様子を眺めていた。
その少し後ろで三成は
書物に目を通している。

どん、どん、どん、どん

祭りの雰囲気を醸し出す
太鼓の音やざわざわした
人の声は耳に心地良くて
左近は口許を緩めた。
しかし、三成の機嫌は
その真反対であった。

人だかりを嫌い雑音を
好まない性格なので、
絶え間なく鳴る太鼓や
大勢の人の声に
三成は苛ついた。
それなのに此所に
いるのは、一人の
愛しい家臣が一緒に
花火を見ませんかと
誘ってくれたからだ。

普通なら町まで
降りるのだが、
三成の性格を知って
いるからだろう。
気を使ってからか
城の窓からならもっと
よく見えますよ、と
笑っていた。

本当は左近は町に
降りたいのだろうに、と
考えると三成は
文字を読むのに
集中出来なくなって
それを閉じた。

「殿、もうすぐですよ。楽しみですね」

それに気付いたのか
左近が外を向いたまま、
三成に言った。
その声色は子供が
はしゃぐ様で三成の
苛ついていた気分が
少し緩んだ。

「相変わらずお前は変な所で子供だな」

「祭りってのは大人になっても心が踊るもんですよ」

「そんなものか」

「そんなものです」

左近が振り返って
三成と目が合った。
ふふ、と左近が
嬉しそうに微笑むのが
可愛くて三成も
あまり見せない
笑顔を浮かべる。

いつもより空に
星が多い。
左近の艶のある
黒髪に似ていて、
三成はゆっくり左近に
忍び寄るとそれに
手を伸ばし指を絡めた。

さらさらとその黒髪は
指の間を流れていき、
左近はくすぐったそうに
笑いながらも
甘えるように三成の手に
擦り寄った。

「(幸せだ)」

柄にもなくそう思い
三成は自分を笑った。
この男は自分を
狂わせた。
その代償はとてつもなく
重たく温かい。

「(幸せしか、見えぬ)」

左近は頭を撫でられて
気持ちがいいのか
目がまどろんでいる。
その様子をぼんやり
見つめていると、
左近の唇が薄く開いた。

「…殿」

「なんだ」

「左近は、」

その続きの言葉と、
漆黒の空に鮮やかな
華が咲いたのは
同時であった。
左近と三成に
鮮やかな光が散る。
わあ、と外から
歓声が上がり拍手が
パラパラと起こった。

左近はぼんやりしていた
目をハッと開いて、
また少年のような顔で
空を見上げた。

どん、どん、どん、どん

太鼓が花火を
急かすように
響いている。
それに答えるように
次々に色とりどり
上がる花火が左近の
顔と髪を照らしていく。

「綺麗ですね」

「…ああ」

左近がな、と三成は
心の中でそっと呟く。
本人に言ったら相手を
してくれないだろうが、
本当の事なのだ。

花火を2つ3つと見て
ふと三成は思い出し、
再び左近に向き直った。

「左近、先程なんと言ったのだ。花火で聞こえなかった」

「…ああ、別に対した事じゃないですよ。気にしないで下さい」

「良いから言え。俺が気になるのだ」

「…はあ」

左近は困ったように
眉を下げていたが
諦めたように
溜め息を吐いた。
三成が言葉を
まっていると左近は
なにも言わずに
ずいっと近付いてきて、
困惑する時間も与えずに
唇が塞がれた。

どん、どん、どん、どん

今ではその太鼓の音と
同じぐらいに煩く
三成の心臓は
高鳴っていた。
三成の胸元の服を掴む
左近の手が震えていて、
ああ左近も緊張して
いるのかと思うと
愛しさが更に
込み上げる。

「…もう分かったでしょう」

唇を離して
俯き加減の左近の顔が
少し赤いように
見えたのは、
花火のせいなのか。
三成は笑みを浮かべて
頷き立ち上がった。
左近が不思議そうに
見上げると三成は
左近の手を引っ張り
無理矢理に立たせた。

「なんです?」

「町に降りるぞ」

「え!?で、でも」

「俺が行きたいのだ」

そう吐き捨てて
返事も待たずに
左近の手を引いて
ズンズン歩き出した
三成に左近は
引っ張られながら
柔らかく笑んだ。




、君もよう

(左近は、殿がいれば幸せですよ)










 
 

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