ドルチェ

□1章・ミルフィーユ
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 今日も、唐沢・葵(からさわ・あおい)は元気だった。

町内でもっとも急な坂を自転車で勢い良くすべり降り、その先の信号すらも無視。そこを通ろうとした車が急ブレーキをかけなければ、今頃死んでいたかもしれないという状況下ですら、彼女は楽しそうに笑っていた。
変な奇声を上げながら自転車をこぐその姿は、案の定、周りの目を引いた。

それはもう凄く。が、葵はまったく気にしない。

それどころか、鼻歌まで歌いだした。

長い茶色の髪が風になびいて、唇のリップグロスが程よく輝く彼女はこの物語の主人公。主人公といっても、決して美人というわけではない。

たいして、スタイルが良いわけでもないし、顔が可愛いわけでもない、何か特徴があるわけではない彼女だが、それがコンプレックスとは感じない。

むしろ、自分の一部分でもあり、気に入っているほうだ。自分に自信があるというわけではなく、ただ受け入れている。

それが彼女だった。

本当に平凡な顔。けれど、明らかに他の女子とは違うオーラ。
コンプレックスを克服しょうと必死な彼女たちと、コンプレックスとすら感じていない葵。
普通なら反発してもおかしくは無いのだが、そんなことは全く無かった。

それはきっと、葵の人柄。彼女は何に対しても真面目で一生懸命だ。その姿勢がうざいと感じる人も少なくはないだろうが、彼女は気にしない。

クラスの仲間が全員、自分に対してそう思っているとは思っていないからだ。

だからこそ自然体でいられる、自分を曲げずに周りと付き合えるのだ。決して真面目すぎるわけでもない。

ちなみに男子生徒については、彼女を女としては見ていない。あくまで友達としてだ。それでも、異性からそうやって見られるあたりが彼女の性格をよく表していることが分かる。

だから葵は毎日が楽しくて、学校が大好きだった。


「今日の占いって確か一位だったんだよねぇ〜、うん、良い事あるかも」


朝のニュースの占いの一位は天秤座、ちなみに彼女も天秤座。

心なしか、車に引かれかけた気がしたが、この際気にしないほうがいいのだろう。

そんな調子で自転車を漕ぐ彼女だが、ふと時計を見ればすでに八時過ぎ。二十五分を過ぎれば遅刻だ。

はっきり言って、葵の学校の学年指導の先生は半端なく恐い。

とてもじゃないが遅刻なんてごめんこうむりたい。

そんなことを考えながら周りを見渡せば、ふと目に入る曲がり角。

少し先が薄暗いが、方向は学校。うまく行けば早道になる。

その先が行き止まりかもしれない、なんて考えはすでに彼女の頭になかった。


「今日の占い一位だったもんね!」


自信を持ってそう自分に言い聞かせると、葵はその道を横切って行った。





「うわっ、結構暗い……」

実際に進んでみれば、朝なのに思ったより暗かった。

葵は少しビクビクしながら、ただ一本道を進んでいく。人気は感じられず、明らかに何かが違っていた。


「ちょっと待ってよ、今日天秤座は一位のはずでしょ……?」


だれに問いかけたかは分からない。それでも、言うまでもなく返事は返ってこなかった。
さすがに寂しくなり携帯を取り出すが、なぜか圏外。

正直、泣きそうになりながら葵は前に進むしかなかった。

そうしてしばらく進んだときだった。

葵の前に現れたのはなんだか場違いなアンティーク風な店。外の看板には『プーパ』と書かれている。

プーパって確か、どっかの言葉で人形って意味だよね? 

そんなことを思いながら葵は自転車から降りて、店の中を興味本位で覗いてみた。こういう時、好奇心が強いと本当に困る。

外からはよく見えないが、中に人形がたくさんいるのだけは確認できた。ふと、自然に手が取ってに向かう。

ドアを引きそうになった時、彼女の耳に学校のチャイム音が届く。

そこで彼女はやっと自分が遅刻しそうになってることに気付いた。

慌てて自転車に飛び乗ると、プーパの前の細い道を駆けていった。



葵がいなくなった後、プーパの扉が少しだけ開いた。

外の様子を伺うように少しだけ顔を出す黒髪のツインテール、それは周りにだれもいないことを確認すると、店の奥に引っ込んでしまった。





            *


「ギリギリセーフ!」

そう言って教室に入ってきたのは、髪の毛を乱し、汗だくの葵。クラスメイトは一瞬その光景に茫然とした後、いつものように笑い出した。


「また遅刻ギリギリかよ!」

「よくやるねぇ、葵も」


いつものクラスメイトからの言葉に苦笑いな彼女だが、その中の一人の言葉が気になった。その女子生徒は言ったのだ。『葵も』と。

その言葉の認識を葵が脳内でしていると、鈍い音とともに後頭部に衝撃が走った。


「いつまでもそんなところに突っ立ってんなよ、バカ葵」


聞きなれた声に、葵は後頭部を抑えながら手持ちの鞄を思いきり、後ろに叩きつけた。

鞄は何か鈍いものに当たった音を奏で、それと同時に男のうめき声が聞こえる。

声のするほうへ彼女が振り向けば、そこには蹲っている幼馴染の男子生徒の姿があった。
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