07/03の日記

01:20
ナルサスDAYにのっかって
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構想を練ったはいいが結局続きを書けなくて放置したナルサス連載幻の第一話(笑)を、せっかくのナルサスDAYなので晒してみます。



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 気がつくと、暗い森を移動していた。
 正体の分からない男に背負われて、正面から風を受けてひたすらに前進していた。木々の太い枝を跳んで渡り続ける。人間離れした速度で、猿か何か、動物的な動きにも似ている。跳躍の度に足下が軋むが、それを意にも介さず突き進む。深く、深く。
 はじめは夢だとばかり思いこんでいた。
 それだけ突拍子もない状況だったのだ。頭がぼんやりして思考もはっきりしない。不審な男の背中に暖かさすら感じていた。鍛えられた厚い身体だ。懐かしささえ覚える。現実味はない。ほら、夢そのものじゃないか。
 だが男に身を委ね疾走する内に、これは夢ではないのではと疑い始めた。
 感覚がやけにリアルで、時々頬をかすめる小枝がチリチリとかすり傷を作る。自分の太腿を掴む男の指は、痛いほどに締め付けられている。
 そう、ならば訊かなければならない。


「お前、誰だ」


 男の耳元に唇を当て、風で声が掻き消されないように囁く。男の指に力が入る。何か呟いたようだが、風音に阻まれて届かない。


「どうして俺を背負っている」


 何も返ってこない。
 返答する気が無いのか、聞きとれていないのか。判断がつかないので、とりあえず周囲の状況を確かめてみることにする。めまぐるしく景色は変わっていく上に、進行方向には暗闇が広がるばかりで何一つ分からない。
 続けて背後に目を遣る。遠方に視線を向けると、夜空と山が目に入る。
 山の中腹に大きな光が見えた。
 炎が燃えさかっていた。
 山火事かと目を疑ったが、よくよく目を凝らすと建物のようなものが炎上しているのだと分かる。消火が間に合わなければいずれ山一つ丸々覆い尽くすであろう勢いの火事だ。耳を澄ませば、微かに人々のざわめきや木々が燃えて弾ける音が聞こえる。

 男はまるで炎から逃げるように、一心不乱に進んでいた。


 自分を背負う男に、サスケはまったく覚えがない。
 そもそもサスケに昔馴染みなどいないに等しく、またサスケ自身も親しい人間を作ろうともしてこなかった。

 男に背負われて森に潜る直前、サスケはとある神社に参拝していた。信仰や目的があったわけでもなく、当てのない旅の道中で偶然立ち寄っただけだった。ちょうど大きな祭事と重なっていたことは、サスケにとってはあまり幸運ではなかった。人混みはあまり好みでない。それと、安い宿は軒並み満室状態になってしまうため、路銀の尽きかけたサスケは野宿の場所を探さねばならなかった。しかしそれすらも難しく、押し寄せる参拝客らによって好条件の場所は占拠されてしまう。
 仕方なく参拝客らに紛れて祭の見物にでもと、人の流れに逆らわずいたところだった。
 どうやら滅多に見られないくらいのとても盛大な行事らしく、至る所で篝火が焚かれ、忍らしき人間が警備に当たっている。参道を埋め尽くす人の会話を聞くに、木の葉の忍だそうだ。
 暇を持て余すサスケの耳には、他の情報も入ってくる。今日の祭では神社の御神体である鏡を見ることができるそうだ。ただの鏡にここまで人間が群がる心理がサスケにはどうにも理解できなかったが、だからといって引き返すつもりにもなれない。
 御鏡の御利益にあやかりたいものだ、ありがたや、と手の平を擦り合わせる老女や中年男性に囲まれる。サスケは苦笑いするが、そういえばサスケに参拝を勧めた宿場の女もこんな様子だった。
 『せっかくここらに来たならお参りして行きなさいよ』とあまりに熱心に言われたため、通りすがったついでに足を運んだだけだった。女の勧めを聞いたことを改めて後悔する。
 元より、サスケに叶えたい願いなど無い。
 過去にはあったのかもしれないが、残念ながらサスケが今現在持っているものは、『サスケ』という名前と、ここ一年と少しの記憶だけだ。


 ──サスケは記憶喪失らしい。


 一年ほど前、サスケは森の中で倒れているところを近隣に住む老女に拾われた。
 砂の国の国境に近い、古戦場跡が残るほかは何もない田舎だった。森の奥にある大きな岩の上に眠っていたそうだ。その岩は老女の住む集落においては神聖な物として扱われているため、サスケは当初人外のものかと疑われたらしい。
 魔除けのまじないやら何やらを一々試され、ようやく妖怪変化の疑いは晴れた。自身の正体が分からないサスケは、そこでとりあえず自分は『人間』ではあるらしいことを知った。
 『サスケ』という名前だけは思い出すことが出来たが、生まれも年齢もどんな人生を歩んできたかも全く思い出せなかった。勿論身寄りなど在るはずがない。
 老女はおせっかいな質だった。加えて夫には先立たれ、息子たちは都会に出て行き、老女は一人で暮らすにはいくぶんか広過ぎる一軒家を持て余しながら暮らしていた。その寂しさもあってか、行き場のないサスケを老女は自分の家に住まわせることにした。
 その後数ヶ月間、サスケは老夫婦の元で農作業の手伝いや家事を手伝って過ごした。
 家族のように自分に接してくれた老女への恩は忘れられないものになった。だが、そんな穏やかな日々は老女の死によって幕を下ろす。
 葬式が済むと、遺産の整理は老女の遺族に任せ、サスケは逃げるように集落を発った。老女の遺産は意外にも多く、数ヶ月共に過ごしただけの自分がその分配の場に居るのは気まずいことこの上なかった。
 サスケ自身、老女が死のうが死ぬまいが、いずれはその地を去るつもりだった。
 他人と親しい関係を結ぶことに抵抗感があり、一所に留まり自分の存在が誰かに記憶されることも避けたかったのだ。理由は分からない。
 それからサスケは、老女の遺族から与えられた僅かな金子を路銀に、放浪の旅に出た。
 記憶を取り戻す、なんて大層な目的も無く、ただ人間との深い繋がりを持たずに生きるためだ。先天的なものかは分からないが、サスケは人との『絆』に対して全く関心が持てなかった。もっと言えば煩わしくすら感じていた。
 これで年さえとらなければ、本当に妖怪の類といえるかもしれない。
 幸か不幸か、名前の他に情報の無いサスケの正体については、短い旅の中では手がかり一つも得られなかった。

 いや、名前の他に覚えていること──正確には、一つだけあった。



 青白い月が中空に浮いている夜。
 サスケは真っ暗な森で、大きくて平らな岩の上に仰向いている。背中には冷たくてごつごつとした感触。風はない。遠くで鳥が啼き、虫がさざめく。
 若い男が、サスケを覗き込む。月光を背後に受けているため、顔はよく見えない。サスケの手を握り、肩を震わせている。
 眠い。とても眠い。
 傍らの男は泣いているのだろうか、それとも笑っているのだろうか。サスケが睡魔に負けて目を閉じると、短く息を吸い、指先を強ばらせた。
 眠りに落ちる、寸前。


 「ごめん」と、搾り出すように呟いた。



 そこで記憶が途切れる。
 もしかすると夢の中での出来事だったのかもしれない。他人に話しても手がかりにはならないだろうから、進んで誰かに聞かせることもなかった。
 ただ、その瞬間に思いを馳せるときだけ、サスケの胸はどうしようもない孤独感で満たされるのだ。

 そう、だからサスケは神社に立ち寄ったのかもしれない。
 何も持たない自分を悲しむ心すら持たないサスケだが、自らの根源が存在しているのならば知りたかった。渇望とまではいかないが、確かに求めてはいた。繋がりへの拒絶とは相反する願いではあるが、心の奥深くに渦巻き続けている。希求と呼ぶには曖昧すぎで、冗談というには深刻すぎる祈りゆえに、サスケは参道の人混みに立ち尽くしていた。
 異変が起きたのは、神社の大鳥居をくぐる寸前だった。
 サスケは靄のかかったような記憶を辿る。もうすぐ御鏡が見られるといった頃合いだった。列の前方からは妙な熱気が感じられた。例の御鏡からは正体不明の放熱があるそうだ。この神社に奉られる神の伝承と関わりがあるらしいが、詳しくは覚えていない。意識を失った覚えもなく、今現在の状況に至るまでの経緯は不明だ。
 そういえば、森の向こうで燃えている建物。あれがその神社じゃないだろうか。
 かろうじて輪郭を残す太い柱は、先ほどくぐった大鳥居。烈しい炎に包まれて崩れ落ちようとしている。
 自分を背負う男は、やはり神社から逃げているようにしか見えない。

 ──あの火事は男と何か関係があるのではないだろうか?

 瞬間、ぞわりと背筋が凍った。
 もしも神社に火を放ったのがこの男なら、何故自分は今背負われているのか。


「おい……降ろせ」


 応えはない。
 男の首周りに回した腕を捩らせ、意識が戻ったことを男に伝えようとはするが、一向に男が反応らしい反応を返すことはない。恐らく聞こえてはいるはずだが、明らかに無反応を決め込んでいる。
 人を勝手に連れ去っている上に無視を続ける男に、サスケは無性に腹が立った。まるで荷物か何かみたいな扱いではないか。ムッとして、今度は少し腹に力を入れて男の耳元に唇を寄せる。


「おい聞こえているん」


 ざわり、と木の葉の塊に飛び込む。
 サスケは反射的に目を閉じる。ガサガサと耳元で騒ぐ木の葉の音が止むと、着地の衝撃。男はサスケを投げ出すように降ろした。サスケは尻餅をつく。
 開けた場所に出たと思ったが、倒木で生まれた、森の中の僅かな間隙だった。そこまでの広さはない。それでも林冠は夜空をくり抜くように、ぽっかりと空いている。湿った森の土に打ち付けただけだったので、身体は全く無事だった。それよりも自分がどんな状況に置かれているかの方が気になった。
 咄嗟にサスケが見仰ぐと、正面に男が立ちはだかっている。
 月明かりが差し込んで、男の見事な金髪を照らし出している。肩から臑までを覆うゆったりとしたマントに身を包んではいるが、身体の隅々まで鍛え上げられているという印象だ。緑がかったブルーの瞳と少年の面影を残す輪郭は人好きのする顔立ちと言えなくもない。だが、感情を表にしない表情と今までの行動ゆえに、サスケは警戒心を解けないままでいた。


「お前は何者なんだ」


 サスケは険のある声で言う。
 危険人物を相手にするにしては怯えのない様子ではあったが、内心いつ男が荒っぽい真似を始めるかという不安はあった。張りつめた空気の中、サスケは立ち上がることも出来ずに、じっと男を凝視する。
 男は微かに眼球を震わせた。
 簡単な質問なのに、返す言葉に詰まっているようだ。
 暗闇からどこからともなく吹き寄せる風が、旅装束のマントをはためかせている。男の迷いが布地を揺らしているかのようだ。
 沈黙が訪れる。
 長考の間、木々をざわめかせる風は段々と弱まっていった。
 やがて男は微笑むように眼を細め、やがて態とらしいくらいに穏やかな顔で告げる。


「おれは、うずまきナルト──罪人だってばよ」


 掠れた、それでいて確固とした意思に基づいて発された声音。
 「罪人」という言葉にサスケは眼を剥く。身の危険を感じるというよりも、言葉自体への仄かな忌避感ゆえにだ。

 月夜には不似合いな、烈しい風が通り過ぎた。 
 





つづかない




というナルサス逃避行話を書こうと思ってた時期が私にもありました。

つじつま合わせがキツくて挫折しちゃったんだ…

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