夜空の図書館

□これが初めて恋だと知った
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「ユーリ、こっちです!新しく出来たお店!」

桃色の髪を揺らし、楽しそうにエステルは後ろの青年に声をかける。

「おいおい、そんなに急いでも店は逃げねぇって」

早く早くと急かす彼女に苦笑いしながら、ユーリは変わらない速度で歩く。風になびく黒髪は、男性のものとは思えない程艶やかな色をしている。

「お店は逃げなくても、ケーキは誰かのお腹に収まっちゃいます!」

「大丈夫だよ。ここに大食いな姫さんがいる限りはな」

「なっ…!私そんなに食べません!」

不敵な笑みでそう言われ、ぷぅ、と頬を膨らませる。その顔を見て彼は更に笑う。エステルが怒っても全然怖くない、と気心の知れた者たちにはよく言われるが、それでもそのように笑われるのは面白くない。エステルは余計むくれた。

「もう、そんなこと言うなら、本当にユーリの分まで私が食べちゃいます!」

「っくく…悪かったって」

「知りませんっ」

笑い続けるユーリに背を向けて、エステルは速足で歩き出す。腰下から蕾のように膨らんだ白いジャケットがフワフワと上下に揺れる。
待てよエステル、という声が聞こえるが、それを無視して少女は歩く。
いつもいつも自分をからかってばかり。時々は意趣返しをしたって罰は当たらない筈だ。

(ちょっとは反省すればいいんです)

ふくれっ面のまま、少女はタカタカと進む。再びエステルと呼ばれたが、これもまた聴こえない素振り。

そのまま歩き続けて、途中でふとこれは一種の甘えなのだと気付く。
ユーリなら許してくれるから。子供のように拗ねても見放さないでくれるから。だからこんなことをしても不安など感じないのだ。それ程に、自分は彼に心を開いているのだ。

(拗ねるなんて、お城では一度もやったことがなかったです…)

また新しい発見をした。そう思いエステルは怒っていることも忘れて顔を綻ばせた。
自身の思考に耽っていたからであろう、足元が疎かになっていたその刹那、足に何かが引っ掛かった。

「きゃっ!?」

ぐらりと揺らぐ自身の身体。それと同時に視界も傾ぐ。

「っ…!」

転ぶ、と脳が反射的に理解し、焦りと戦慄が背筋に走る。
ここは市民街、地面は石畳。身を固くし眼を瞑り、土よりも硬く痛いであろう衝撃を受け止める覚悟を決める。


「――――!………え…あ、れ?」

が、その衝撃はいつまで経っても来ない。恐る恐る瞼を上げると、視界には黒い何か。更に目を開く。黒いのは布、そしていつの間にか慣れ親しんだ香り。面を上げれば、同じく黒い、まるで夜空を切り取ったような色の瞳と自分の碧の瞳がかち合う。

「ふー…ギリギリセーフっと」

「―――!!?」

すぐ近くで聞こえた低音に、エステルは胸を高鳴らせる。脈拍の上昇と共に、顔に熱が集まるのを感じた。どうやら倒れる寸前に、ユーリが身体を滑り込ませて自分を庇ってくれたようだ。

「大丈夫か?」

微笑しながら尋ねてくる彼に勢いよく首を何度も振る。その様が面白かったのか、青年はくく、と喉を鳴らしてそりゃ良かった、と言ってエステルの頭を撫でた。




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