短編

□待っていたのは君でした
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「さむ……」


寒い。今なら無能と言われても仕方ない。

珍しく定時上がり、珍しく中尉の発砲もお咎めもなし。心持ち帰路の足取りは軽く……ならなかった。むしろ雪に足を取られ重い。
何でこういう日に大雪なんだ。
防寒用の手袋を脱ぎ去り、発火布をはめて目の前の白を水に変えたくなったが、こんな人通りの多いところでやったらそれこそ後々中尉に説教くらいそうなのでやめておく。
とにかく早く家に帰ることが第一だ。そして今日は酒でも飲んでから寝よう。夕飯は買いそびれたからなにかある物をつまんでさっさと寝てしまおう。

とにかく寒くて仕方なかった。


「あーさむい……あ?」


やっと我が家が見えた。
早く温かいところへ(いや独り暮らしだから自分で暖炉に火を入れなくてはいけないが外よりはマシだ)、と足が早くなりかけたところで、窓から漏れる灯りに気付く。
灯り?私は寂しい独り暮らしだ。
だが見間違えでもなく、あの暖かそうな灯りは自分の家から漏れていた。私は冷え切った家に帰るところなのだが。

雪を溶かす目的ではなく発火布に切り替える。正面から行くのもどうかと思うが、アパートなので入口は玄関しかない。警戒しながらもドアを開けると、空腹を思いきり刺激してくる匂いがした。
ほっとした。


「おけーりー……って、発火布しかなかったのかよ、手袋」


玄関で突っ立っていると、この暖かさの犯人がキッチンに続くドアから顔を覗かせた。気配を消していたつもりだったが、この空気で緩んでしまったらしい。


「はが、ねの……?」
「早くこっちこいよ、玄関寒いし」


不審者かと思っていました、なんて言えるはずもなく必要のなくなった発火布をポケットに突っ込んで、パタパタと駆けていった背中を追った。
リビングは玄関よりも断然暖かく、寂しいはずの家に人がいて、夢か幻ではないかと疑い始めているのだが、どうだろう?
しかも待っていてくれたのはいつでも会いたいと願っていた少年だ。


「あんた雪付けすぎ。傘ちゃんとささなかったのかよ。ほら、コートかせ」


甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる彼にされるがままになりながら口元が緩んでいく。
小さい……いや、愛しい少年を抱きしめると、とても暖かかった。心がふわっと満たされる。


「うわ、大佐冷えすぎ!冷たい!ああもう、お湯入ってるから風呂行ってこい」
「一緒に……」
「バーカ!俺いま料理してんの。ほら早く行け」


確かに芯まで冷えていたので、おとなしく彼が用意してくれたであろうバスルームに向かった。自分で用意するのは面倒だが、やはり湯に浸かるのはいいものだ。
温まりながら、なんで鋼のが私の家にいるのだろうか、とか考えたが、そういえばさっき一緒に入ろうと誘った時断られなかったことに気付いて、鼻歌でも歌い出したい気分になった。





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