短編

□つかまえてごらん
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「っ、は、……っはぁ、ぅぁ」

 握り締めた左手はじとりとしていた。背中から這い上るような悪寒がする。緊張と恐怖から冷たい汗が伝う。

 逃げなきゃ。

 ただそれだけが頭にあるのに、身体はもう限界を訴えて荒い息を吐き出すばかりだ。静かな空間に自分の呼吸ばかり響いて耳障りだった。視覚や聴覚はあてにならないくらいぼんやりとしている。今研ぎ澄まさなければならないのは第六感だ。気配を感じなければ自分は生き残れない。
 一か八か、そのチャンスを窺っている。異様に心搏数は高い。落ち着け、冷静にならなければ逃げ切れない。
 相手は気付いていない、動くなら今だ。焦るな、全て台無しにはできない。
 タイミングを窺え。さん、にい、い……

「……ちぃ!?」
「あっ」

 カウントが終わる前に見つかってしまった。くそ、動け脚!まだ捕まるわけにはいかないんだ。限界なんか知るか、そんなん越えてやる。
 苦しい、苦しい、心臓が破裂しそうだ、脚はもう感覚なんかない。だけど逃げなきゃ。だって、だって、

「っはぁ、……っくるなぁぁ!」
「そういうわけにもいかないな」

 すぐ近くで声がして咄嗟に振り返った。思っていたよりもずっと近くに相手の顔があって、吃驚して反り返る。
 相手は腕を伸ばしてきて、変な体勢のまま抱き留められてしまった。

「ち、きしょう……テメー!」
「おっと、」

 腕の中にいるのが嫌で右手を振り上げたがあっさりと躱され、そのままその手をとられてしまっては自分より一回りも大きい大人の力に勝てなかった。ぎりぎりと音がしそうなくらい力を入れてるのにも関わらずだ。悔しい。機械鎧に特殊装備付けときゃ良かったとさえ思う(そんなこと整備士に言えば嬉々として変なものを取り付けられるのは目に見えていたがそれはごめんだから言わないけど)。

「おやおや、暴れないでくれたまえ」
「くっそー!!最悪だっ。つかいい加減はなせっ」

 大体、触れるだけでいいのに何故こいつは抱き締めてくるのだ。居心地悪い以前に間違ってる!

「大人気ない大人め!!」
「なんとでも」
「なに鬼ごっこにムキになってるんだよっ」
「私はいつでも本気だよ」
「うそだーっ」


『勝者、焔の錬金術師ロイ・マスタング大佐!!』





 さて、別に俺らは遊んでるわけじゃない。
 言わずと知れた俺、鋼の錬金術師と彼、焔の錬金術師は国家に属する錬金術師だ。そんなわけで資格を維持するためには査定を行って見合う結果を出さなければならない。レポートの提出でも良かったが、俺は以前の査定の結果が納得できなかったのだ。
 「焔の錬金術師と鋼の錬金術師はどちらが強いか?」
 誰かのそんな疑問から行われた戦闘査定。前回は俺の調子が悪かっただけであって、あれは実力の内に入らない。だからもう一度俺から戦闘査定を申し出た。勿論、相手はクソ大佐だ。
 だが内容が前回と同じなんて面白みがないってわけで、大総統が言い渡したのは「錬金術使用可の鬼ごっこ」だった。大総統の通達に、大佐は文句を陰で零しながらも逆らわなかった(というかできない)。

 鬼は大佐。俺はバラエティに富んだ錬金術師だから隠れるとこ錬成出来るし、大佐はぶっ壊せる、ってことでらしい。
 俺は内心にやりとした。大佐はデスクワークばかりで素早い動きが出来るはずないと思ったからだ。実践ばかりの若い俺が鬼ごっこで負けるはずない、そう確信した。

 スタートの合図と同時に俺は駆け出した。二十秒のカウントの後、大佐はゆっくりと動きだした。嘗められてるのかと思った俺は力の限り挑発した。今思うとあれは大佐の作戦だった。ある程度俺を疲れさせてから追う。姑息だ。卑怯だ。そう罵ったところで何食わぬ顔で追ってくる。
 だが俺の読みも間違っちゃいなかったようで、大佐はそんなに持久力が高いわけではない。なにせあのイシュバールの英雄は、動かなくったって広範囲に錬金術を使えるのだから。士官学校時代にはそれなりの訓練を積んでいたのだろうが、佐官になった時点で指示する側にまわったのだから、多少体は鈍っているはずなのだ。

 いまだって、ほら。物凄く息を切らしている。俺はすぐに整えられたけれど、大佐は中年だからそりゃもうぜーはーしてる。

 捕まったのは本当に不覚だった。巨大な石壁を錬成して身を隠していたはいいけれど、手段を選ばなくなった大佐はそりゃもうぱっちんぱっちんのどかーんですよ。
 で、捕まった。

「…………なぁ、離してくれよ」
「あー、疲れた」
「ちょ、えっ、重!?のしかかるなっ」
「何でこの歳になって全力疾走せにゃならんのだ」

 ぎゅっと、抱き締める力が強くなって思わず俺が身体を強ばらせ、妙に緊張していると、全体重をかけんばかりにのしかかってきやがった。大の男を支えるのは当然辛く、物凄く頑張って足を踏張った。

「重いっどけオッサン!」
「オッサン……それはひどいな鋼の。うぁー疲れた」

 こんなオッサンに負けたのかと思うと、虚しくなる。ふぬぬと足を震わせてなんとか支える。ここには観客もいて人の目があるんだからさっさとどいてもらいたい。というか誰か助けにこいよ。

「また私の勝ちだな」
「うっさい」
「あて」

 耳元で聴きたくない言葉が聴こえたからぺいっと地面に捨てた。
 まるっきり俺に頼ってたようであっさり地面と仲良しだ。



「俺後片付けしねぇからな!」
「え、ちょ、待っ」










END

節分だから鬼ごっこ、とか?
オチなし!!
本当はこんな話じゃなかったのに……







おまけ

ハボ「今日何日だっけ?」
ブレ「あ?二月三日?」
ファル「東の国では大豆を撒いて鬼を追い払うとか言う習わしがあるそうです」
フュリ「へぇ」
ヒュー「てことは、豆が勝ちかもな!」
ハボ「あー、そっすねぇ。大佐ぁ、早く片付けてくださいよぉ。大将帰っちゃったんすから〜」
ロイ「お前たちも手伝わんか!」






加筆修正2010/12/3


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