短編

□是が青い春と云ふヤツか。
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〜R〜





気温が高くも低くもない、過ごしやすい秋は嫌いじゃない。

もうあっという間に二度目の秋。
紅くなる葉のように、そろそろ変化があっても良いんじゃないだろうか。










「ったく」


馬鹿なのか。馬鹿なんだろうなこいつ。
風紀委員の仕事で校内の見回りをした後、春の宣言通り副委員長として事務を押しつけられ、やっと書類を制作し、担当の教師に提出に行って相方の待つ教室に帰ると、見事に爆睡していた。机に突っ伏して実に気持ち良さそうな顔をしている。人が仕事してきたというのに、委員長様はこれか。落書きでもしてやろうか。
少し動いて髪が顔にかかり鬱陶しそうに眉を寄せている。そういえばゴムが切れて不吉だと昼間言っていたのを思い出す。なんとなく払ってやればまたすやすやと寝息を立て始めた。


「エド」


自分が居ない間、こいつは一人でこの教室で寝てたのか。いつ誰が通るかわからないこの場所で。
無防備過ぎるんだ、こいつは。男みたいな口調と行動をとってばかりでたまに忘れるが彼女は列記とした女だ。
ここからはあくまで一般論であるが、彼女は美少女という部類に入る。繰り返すがこれは俺が言ってるのではなく他の生徒が噂しているのを聞いたのだ。その時はあんなじゃじゃ馬の何処がと思ったが、否定は出来なかった。過去に自分も思ったことがあるからだ。

入学式のあの日、特待で入れなかったことへの僅かな悔しさを胸に体育館に几帳面に並べられた椅子に座って壇上を眺めていた。あそこに立つ自信はあったのに、たかだか体育の観点が一つ低かっただけなのに。
自分に目の上のたんこぶがいることは模試をした時にわかっていた。同じ学校を受験する人のランキングで、常に二位だったから。形式ばかりの入学式になんか興味はなかったが、壇上に上がった特待生さんには十分興味があった。受験動機に、その人物を負かしてやりたいというのもあった。我ながら子供みたいだ。しかしどんながり勉か色々想像していたが、見事に裏切られることになる。

勝ち気そうな瞳をした文字通り金に輝く美少女。あの会場にいた誰もが、自分も含めて、彼女に見惚れた。
同じクラスだとわかったときは柄にもなく浮かれた。話し掛けよう、そう思っていても席が離れていてタイミングが掴めなかった。だから委員会決めの時、そんなめんどくさいもの誰がやるかと思っていたのに、元気よく手を挙げる彼女を見た瞬間意志とは関係なく右手が勝手に挙がっていた。見事決まると、彼女は何故かこちらを見て驚きの顔をした。初めて目が合ったからとりあえず少し笑っておくと、次の瞬間物凄く厳しい顔になった。あの時の表情の意味はいまだにわからない。

風紀委員、それが同じ学校同じクラスに次ぐ新しい彼女との関係だった。
美少女と朝二人きり、高校生になりたての青臭いテンションで風紀委員初仕事にのりだした。なんて会話しようか考えていると、彼女から話し掛けてきてくれた……が、この一見美少女、口を開けば乱雑な言葉ばかり。俺の抱いていた美少女像は脆く崩れ去ったわけだ。完璧な人間はいないんだなとつくづく思った。

しかし代わりに友情なんてものを手に入れた。今じゃ学校生活の大抵の時間を一緒に過ごしている。中学時代荒んでいた自覚があるから、少し照れ臭いものだ。
たまに、お前ら付き合ってんのかよ、と冷やかしてくる奴らもいるが、そんなことはない。エドは、悪友で、ライバルだ。繰り返すが、誰がこんなじゃじゃ馬相手にするか。この距離が、一番良いんだ。


「エドワード」


再度呼び掛けても答えは無し。いい加減置いて帰ろうかとも思うがそこまで鬼じゃない。
そういえば、エドのことを学校一の美少女だと言う奴らがいる。そんなバカなと擦れ違う女子を眺めたりしてみたが、確かに目を引く子はいなかった。でもだからといって学校一位は大袈裟やしないか。一位なんてものトータルで評価してくれ、男みたいな言葉遣いに加えて今じゃ恐怖の風紀委員長だぞ。そう言っても、彼女の人気は高い。


「起きろって」


話は戻るが、こいつは無防備すぎる。こんなに呼び掛けているのに起きないなんて、俺が戻るまで何もなかったと言い切れるのか。だんだん、腹が立ってきた。黙ってれば美少女のエドが、黙って寝てるんだ、通りすがった奴が何もしない手はないだろう。


「……」


そう、無防備に眠る美少女に、吸い寄せられるのは男として当然の真理。しかし俺はそんな愚かな行いは絶対にしないし彼女の本質を知っているからこそありえない、そう、ありえないのだが。真理はやはり真理なのか。
自分で自分がなにをしたのかわからない。
事実を淡々と述べるとするなら、


「……ん、」


額に触れただけ。唇、で。
が、何故自分がそんな不可解な行動をしたのかがわからない。そういえば夏休みに彼女が家に来たときも、無意識に柔らかい頬に手を伸ばしていた。理由は、わからない。
というか今自分を動かしたのは本当に自分だったのか、何か別のものに操られたに違いない。だって自分はそこらの頭のない男とは違う。そうだ、操られたんだ、でもこの彼女と自分以外いない教室でそれを証言してくれる人はいない、いやいてもらっても困るが。

ぐるぐるとわけのわからない葛藤をしていると、彼女が僅かに身動いで、突然のことにありえないくらい身体が跳ねた。


「……ロイ?なにしてんの」
「いや、別に」


嫌な汗が伝う。彼女が使っていない机に手をついて、空いてるほうで顔を覆った。心臓が、マラソンをした時みたいに跳ねている。


「やべ、眠……あれ?ロイ、どうした」
「え?」
「顔、赤いぞ」


思わずばっちりと彼女と目が合った。指摘されて意識すると、途端に熱が急上昇した気がする。確かに、暑い。もう秋だというのに。


「大丈夫かよ?」
「な、んでも、ない」


きょとんと覗き込まれて思わず顔を背けた。あまりのことに不自然に言葉が区切れてしまう。
彼女からは不機嫌な空気が伝わってくる。そりゃ顔見ていきなり勢い良く背けられたら自分だって同じ反応をするだろう。


「んだよ、ロイのくせに」
「……五秒、待ってくれ」


あれは、無意識の行動で俺のせいじゃない。
無防備に寝るエドが悪い。
落ち着け。
相手はあのエドだ。
いつも通りにしてれば何の問題もない。


「はぁ……帰るか」
「ロイ?」
「お前の間抜け面に悪戯書きでもしてやろうかと思ったらお前が起きて驚いただけだ、ほら鞄持て」
「んだとこらぁ!」


切り替えの早い自分を誉めてやりたい。
影が長くなってるのを見ながら二人で歩く。隣に並ぶ彼女にちらと視線をやると、彼女もこちらを見て視線が交わって、不思議そうに首を傾げられるのを見たら思い切り逸らしてしまった。やってからしまったと思った。また機嫌を損ねてしまっては困ると話題を探す。


「今日一日、ずっと眠そうだったな」
「あ?」
「さっきも寝ていただろう」
「ああー、ちょっと寝不足で」
「寝不足?」


また本でも読んでいたのだろうか。自分にも身に覚えのあることだが、読書をしていて先が気になって眠れなくなるのはよくあること。そんなに熱中できるものなら借りようかな、と思ったが、彼女の返答は違った。


「勉強してたんだよ」
「?また錬金術についてとか?」
「数学とリーディングと社会」
「学校の勉強、ってもう一通り終わったって言ってたじゃないか」
「だってもうすぐ中間だろ」


勉強、といわれて結び付いたのは錬金術という古来の科学だった。討論を交わすくらい、今自分と彼女の興味のある分野だ。独学でその歴史や時代背景を調べてお互いに報告する、そんなことを何回かしたことがある。高校生に出来ることは限られていたけど、興味について調べるのは面白いし、彼女との討論は得るものが多い。
しかし予想外に彼女は普通の勉強をしたらしい。夏休みが終わるくらいには、教科書を投げながらつまらないとぼやいていたし、聞いてみると簡単すぎてあっという間に終わってしまったという。まあ、自分も似たようなものだが。


「いつも三日前から始めてたのに?」
「……べっつにいいだろ!気分だよ気分!」


少し俯いたせいで長い髪で表情が見えなくなった。夕日が当たって金色の髪がいつもより濃い色になっていて、ふいに綺麗だなと思った。


「気分ね……あ、」
「なんだよ」
「もしかして、俺に、」
「あー、あーっ!きーこーえーまーせーんー」
「負けたくないから?」


思いついたことを口に出そうとしたら突然声を上げて耳を塞いでいたが、問い掛ければ、うぐと変な声で言葉を詰まらせた。つまり、図星か。
この間のテストで二位になったのを相当根に持っているらしい。


「……ぜってぇ次は負けねぇ」


開き直ったのかぼそりと呟いていた。なんだか妙に可笑しくて吹き出すと彼女はむくれてしまった。一生懸命必死になっている彼女を想像すると更に面白かった。


「笑うなよ馬鹿ロイ!てめぇ覚えておけ、ぜってぇ後悔させてやる」
「はいはい」


いつのまにか駅に着いて、手を振って今日もさようなら。一年と半年、繰り返されてきたことだ。





結局は、いまさらこの関係を変えようだとかそんなことは思っていない。エドとは友達で、一緒にいられればそれでいい、なんてどうにも都合のいいことを考えているんだ。一見美少女と一緒にいられるのは自分だけという優越感を秘めながら。





「……ロイのばかやろう……なんで……」





葉が、真っ赤に染まった。










END

冬だぁぁぁぁ!!

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