短編

□さつきの冷雨
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「まったく…」


 手元のお粗末な紙片を見てロイは溜め息を落とした。
 これがラブレターになるのか嫌がらせになるか、行き着いた先に答えがあるのは確かだった。






 開口一番はこれだった。


「こんにちはマスタング大佐。今日も相変わらずたくさんのお仕事に恵まれているようでなによりでございますね」
「鋼の!戻ってきたのか」


 エドワードは驚くほど丁寧な嫌味を並べ立てながら現れた。それを軽く流しながら、予測していなかった少年の訪れに、ロイは表情を緩める。


「仕事はいくらでもあるさ。私は人気者だからね」
「そりゃ、なによりで。んじゃ、これ追加ね。俺の報告書」


 久しぶりに顔を見せた恋人との再会を楽しむ間もなく、積み上げられた書類の上にさらに紙束を足して、エドワードはにっこり笑って手を振った。


「休憩時間になったら読めよ」
「はが、」


 軽く言い残し去っていく背中に伸ばした腕は意味を成すことはなかった。

 君は休み時間まで私を働かせる気かね。
 ぽつりと呟いてから言われたとおりにやりかけの仕事を再開した。逆らっても誰のためにもならないどころか、下手すれば自分に風穴が開くのは目に見えている。

 早く会いたい、小さな身体を抱き締めたい、と邪なことも考えながら仕事を順調に片付け、時計に目をやれば丁度休んでも誰にも文句を言われない時間だった。


「……ふむ」


 休憩時間になっても少年は姿を見せない。探しに出ようかとも思ったが、目に留まった紙の束を見て少年の言葉を思い出す。
 やれやれと、凝った肩を回しつつ小さな国家錬金術師の報告書に手をかける。相変わらず丁寧とは言い難いものだったが、内容は彼の博識さが窺える。知れず口角を上げながら次の一枚捲ると何かが落下した。拾い上げてみれば、何かのメモだった。


「ソファの上…?」


 声に出しながら顔を上げて目に入った応接ソファには、これと同じような紙があった。不思議に思い二回に畳まれたそれを手に取り開くと、ハボック少尉のデスク、とだけ書いてあった。
 ロイは首を傾げながら隣にある直属部下の大部屋を訪れ、ハボックに目をやった。火の点いていない煙草を加えながら似合わない書類業務をしていた。


「何か預かっているか?手紙とか」
「俺、大佐へのラブレターは受け取らないって決めてるんすよ」
「知らん。とりあえず引き出し開けてみろ」


 過去に何かあったのか、ハボックは渋い顔をしてみせる。
 しかし早くしろと言わんばかりのロイの視線に耐えかね、渋々デスクの引き出しを開ける。するとすぐ見覚えのない紙を見つけ、それを差し出した。


「これっすか?」
「ああ」
「なんですかそれ」
「ラブレターだよ、きっと」


 紙切れを見て微笑む上司を訝しげに見る。ただのメモ書きに見えるそれは到底そんなものには思えないからだ。
 片手を上げて去っていく上司を見送り、いまだ未処理の仕事と向き合った。
 また変なことやってるみたいだけど、俺を巻き込まないでほしい、と呟きながら。聞いていたのは同僚だけで、共に頷いた。


 それから、給湯室、会議室、射撃訓練所、仮眠室、司令部内の様々な場所でロイの姿が目撃された。その手には必ず小さな紙片。
 その場にいた部下たちは揃って首を傾げて見送った。


「はぁ…」


 あちこち歩いて少し疲れてきていた。相変わらず指示の書かれた紙は続くが、犯人は一向に見つからない。休憩時間も間もなく終わりそうな時、次の目的地を見て苦笑した。
 おそらくここが最後だ。


「遅いぜ、大佐」
「ひどいじゃないか鋼の」


 出発地点のソファで堂々と座っていたのは、ロイがまさに捜していた少年だった。


「ちょっと遊んでほしかっただけ」
「意地が悪いな君は」


 ゴールで待っていたエドワードを腕の中に閉じ込めた。


「おかえり」
「……これ、最後」


 そっと渡された紙を見る。
 あまりにエドワードらしくて思わず笑いが零れる。


「笑うな」
「ははは」


 最後の一文は、


「『私の腕の中』、なんて可愛いこと言うじゃないか」
「っせぇ」



 好きです。ずっと見ていました。自慢じゃないがそんな手紙は数え切れないほど貰った。

 メモ帳に走り書いたような手紙でも、これは紛れもないラブレター。












end

タイトルに意味ないです。
ラブレターの日が雨だったんで。

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