短編

□愛の花には棘がある
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「あら、エドワードくんじゃないの。久しぶりだねぇ」
「こんちは」
「はいこんにちは」


にこにこと愛想のいい女店主に話しかけられ、エドワードも気分良く応える。
賑わう商店街の中で、彼女の店はひときわ華やかだ。文字通り、花屋だ。


「また色々なところで暴れてきたんだって?」
「別に暴れてねーよ」
「そうかい?いつもマスタング大佐が楽しそうに話してるけどね」
「あんのやろ……!」


あのいけ好かない上司がたっぷり誇張を含めてエドワードがしてきたことを話す様は容易に想像出来た。
確かに、おとなしい旅ではなかった。だがエドワードにしてみればあれは仕方のなかったことなのでからかわれるのは腑に落ちない。
むっつりと唇を尖らせて上司への文句を考えていると、女店主はくすくすと笑い出した。


「ふふふ、これは内緒にしておいたほうがいいのかもしれないけどね」
「え?」
「マスタング大佐、エドワードくんの話をすると、いつも心配してるのよ。彼は無茶ばかりするからほうっておけないよ、って」
「なっ……!」


顔面に血液が集まった気がする。声も出ずぱくぱくと意味を成していない。
なんと言ったものかと言葉を探しているエドワードに、彼女は優しく笑う。


「本当に優しい人だねぇ、マスタング大佐」
「ち、違うよ。自分が後見してる俺がなにかしたら自分が責任とんなきゃなんないから危惧してるだけだって」
「おや、そんなことないと思うわよ」
「そんなことある!!」


ぶんぶんと首を振って否定するエドワードの反応を見て、彼女は照れてるのねぇ、なんて思っていた。
微笑ましくエドワードを見ていた女店主は、あ、と思い出したように声を上げ、先ほどとは違う商人の笑みを浮かべた。


「エドワードくん、今日何の日か知ってるかしら?」
「え?今日……五月十四日?なんかあったっけ」


日付を思い浮かべてうーんと考えるが、なにも浮かばなかった。
観念したように彼女に視線を向けると、待ってましたとばかりに口を開く。


「今日はね、恋人と薔薇を贈り合う日なのよ。エドワードくんもいかが?」
「はあ?恋人?俺にそんな洒落たことする相手いねーよ」
「あらぁ、何言ってんの、あんたぐらいの歳なら好きな人の一人や二人いるでしょ!」
「おばさん売上に貢献してほしいだけだろ」
「あははは!」


あからさますぎる魂胆に呆れよりもむしろ感服した。
どうしたものかと視線をずらすと、そこには彼女が言うだけあって色とりどりの薔薇の花があった。その美しさに思わずみとれてしまう。


「綺麗でしょう?薔薇はね、愛の花なんだよ。色や形によって花言葉があるから、相手に贈る自分の気持ちに近い物を贈るのよ」
「ふーん」


気のない返事をしながらも、目は薔薇に奪われたままだ。
確かに、こんなに美しい花を恋人から贈られたらうっかり惚れ直してしまうかもしれない、などとぼんやり思った。


「……どんな花言葉があんの?」
「あら、興味湧いた?そうね、赤い薔薇は情熱とかあなたを愛します、とか。そうそう、黄色はあまりよくないかもしれないわ。別れようとか嫉妬とかって意味があるの。あと、色だけじゃなくて枝や葉にも意味があってね、」


その後もやはり本職なだけあって十分すぎるほどの解説を受ける。
本当に花が好きなのか、エドワードの倍ほどの年齢であろう彼女はすっかり少女のようであった。
一通り話を聞き終わったところで、エドワードは軽く呻いて頷く。


「うーん……じゃあ買うよ、薔薇」
「あら本当?じゃあどれにする?やっぱり赤かしら」
「いや、それ」
「まあ。これでいいの?」
「うん」


それ、と指した薔薇に彼女は聞いていなかったの?とばかりに驚く。だがエドワードの悪戯を思いついたような笑顔に、仕方ないわね、とその薔薇を包装し始めた。












がさがさと薔薇の花束を持つエドワードの姿は人目を引いた。なにより此処は軍司令部で、鮮やかな花束を見ることはあまりない。
一方エドワードはそんなこと気にもとめずに目的の部屋まで歩いていく。


「よう、大佐」
「やあ鋼の。今回はずいぶん早かったんじゃないか?それにしてもこの短期間でよくあれだけのことをしてくれたな。報告は逐一受けている。もう少しおとなしくしたらど」
「ん」


つらつらと並べ立てるロイの言葉を遮るように花束を放る。広げられた書類の上にばさりと着地した。
ロイは軽く目を見張ってそれをまじまじと眺める。


「やる」
「私に?この花束を?君が?」
「うん」


ロイは信じられないとばかりに花束とエドワードを交互に見る。


「今日なんの日か知ってる?」
「……知ってるよ。ローズデーだろう?だから私も、」


言いながらロイは少し身を屈めて、足元にあるらしいそれを取り上げ、エドワードに向ける。


「これを、君にと思って」


渡された花束は、エドワードのものよりも量が多く、派手な印象だ。
真っ赤な薔薇は、エドワードのコートよりも赤い。

花屋の店主の言葉が過ぎる。
赤い薔薇の花言葉は、あなたを愛します。


「っ!こ、こんなんくれたって、俺知ってるんだぞ!あんた、相変わらず女にだらしないんだろ!角のカフェのエリナも、受付のローザも、少尉の元彼女もみんなあんたが好きじゃねーか。あんたには、黄色い薔薇がお似合いだぜ」


黄色い薔薇の花言葉は、あなたには誠意がありません。
ぴったりじゃないか、とエドワードは思った。
いつだって、ロイの女性関係の噂は絶えない。こんな薔薇を渡されたって、女性なれした彼の手口としか思えない。
言いたいことを言い切ったエドワードに、ロイは意外そうな顔をする。


「おや、どこでそんな情報を仕入れてくるんだね?だが鋼の、彼女たちは君が言うように私のことを好きだろうけど、私が好きなのは彼女たちではないのだがね」
「……誰にでも優しくするから不誠実だって言ってんだよ」
「女性は優しく扱うものだよ。もっとも、意地悪をするのは君くらいかな」


ロイはエドワードを真っ直ぐ見つめ、口元は笑みの形になっている。一方エドワードは居心地悪く視線をあちこちに向けていた。


「この日に薔薇を贈るのも、君だけだ。私の恋人は君だけなんだから」


殊更真剣な声を意識して出すと、エドワードはあからさまに狼狽えた。
ロイは軽く苦笑しながら続けた。


「私は存外誠実な男だと、どうしたら信じてもらえるかな?」
「っっっ、うっさい!ばーかっ」


エドワードははっと我に返り、子供の癇癪のような声を上げると同時になにかをロイに投げつけると、一目散に部屋を後にした。
ロイはやれやれと息を吐くと、投げつけられたものを一つ手に取る。


「葉?これは、薔薇か?」


特徴ある形のこの葉は、恐らく薔薇だ。
八つ当たりで投げたにしては、あらかじめ葉だけを手に持っていたような気がした。
首を傾げて眺めていると、ノックが聞こえる。返事をするとホークアイが姿を見せた。


「大佐、追加の書類です」


その量に一瞬顔を顰めるが、すかさず睨まれたので取り繕って話題を変える。


「中尉、鋼のを見たか?」
「ええ、真っ赤なコートに真っ赤な薔薇、それに真っ赤な顔の三拍子揃えて走っていきましたよ」
「そうか」


その様子を思い浮かべて微笑ましい気持ちになった。なんだかんだ言って、ちゃんと薔薇を受け取ってくれたのだ。


「私は黄色い薔薇を貰ったよ。不誠実な男だと言われた」
「日頃の行いの結果ではないでしょうか」


きっぱりと言い切られては反論することもできない。全く心当たりがないとも言い難いのも理由だが。
まあこのくらいは可愛いものだ、と手の中で葉を遊ばせる。
ホークアイは一人にやけるロイを尻目に抱えていた書類を置き、ふとデスクに散らばる葉に目を留める。


「大佐、これは?」
「ああ、鋼のに投げつけられた」
「薔薇の葉、ですか。確か、希望あり、頑張れなどといった意味があったような気がしますが」
「……本当か?」
「はい」


さらりと告げられた真実にロイは驚いて彼女を見る。


「意外だな、花言葉に詳しいなんて」
「私も女性なので」


いや、これは失礼だったか、と思いながらも改めて葉を眺めてみる。そんな意味があったと知れば、口元を引き締めることはしばらく出来そうにない。
ロイをしばし見ていたホークアイだったが、しばらくは仕事をしてくれそうにないと判断し、呆れのため息を吐いてから退出した。この埋め合わせは必ずしてもらうこと前提なので、次は容赦しないと副官が内心決めていることをロイは知る由もない。

一人になった執務室で、黄色い薔薇の花束を眺める。
詳しくは知らないが、黄色い薔薇にはあまりいい意味がないのはわかっていたので、これは本当に嫌われたかと思ってみるが、素直じゃない少年のことだからそうでもないことはあの反応を見て確信していた。
でも何故、この薔薇だったのか。
何気なく見ていると、ふと色の違うところを見つけた。


「ははは」


思わず声に出して笑う。

黄色い薔薇の奥深く、こっそり一輪だけ、焔のように紅い薔薇があった。


「まったく、君は素直じゃない。ずいぶん情熱的だな。希望っていうのはこれのことかね?」


紅色の薔薇の花言葉は、死ぬほど恋い焦がれています。


恋人同士なのに希望ありとは変な話だが、頑張って、いつか天の邪鬼な恋人の口からこの花言葉を聞いてみせようではないか。












end

今日はローズデーとか言うから。2日で書いたよ。

黄色い薔薇貰って落ち込むかな、とか思ったけどそうでもなかったから悔しいエドワードさんなのでした。
って言うの付け加えたかったけど出来なかった…。

そんでもってアルは何処行った?別行動ですかね!←

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