長編

□家族とそれと
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「っ離せよ!」
「泣かないでくれ。なにがそんなに苦しいのか言ってごらん」
「泣いてなんか…っ」

抱き寄せた身体は思ったより大きかった。最後にこうしたのはいつだったか。あっという間に思えたけれどそれだけ年月は経っていたということだ。

「アルフォンスが嫌いなのか」

首を横に振って否定。この世にたった二人の兄弟。弟想いの兄の答えはわかっていた。

「じゃあ、私が問題なんだな」

途端、びくりと震えて身を捩る。力は然程加えていなかったからかあっさりと腕を振り解かれ、離れて俯いてしまった。

こうして今は兄弟と一緒にいるけれど、彼らの両親の生前、私たちには接点がなかった。
赤の他人から始まった家族、彼がそのことを認められずにいるのも仕方のないことなのかもしれない。ずっとそれを抱えていたっておかしくない。

「私はさっきも言ったようにお前が決めたなら止めない。ただ、アルフォンスが悲しむよ」

人に執着することがなかった。無償で愛が与えられると知る前に親はいなかったし、物事を達観視する捻くれた性格から人との付き合いも広く浅くで、来るもの拒まず去るもの追わずだった。そんな時に出会った彼らと家族になってからは、大切で愛しくて仕方ないという感情を知った。
離れて行ってしまうのが淋しい。子供染みた感情が今更出て大人として駄目なのはわかっている。弟を出されて渋るとわかっていて、引き止めたい一心の言葉は自分でも呆れるほどみっともない。いつかは来る事態を先伸ばしにしているだけなのに。
それでも、彼らと家族になると決めた時、兄弟を一緒に成長させてやりたいと思ったんだ。自分が原因で離れることになるなんて、絶対にあってはならない。
家族がいなくなることを誰より恐れる兄弟を寂しくさせたくないのだ。

「……アルアルって、あんた最近そればっか」
「エドワード?」

震えた声に驚いて見ると、目にいっぱい涙を溜めて必死に零すまいと唇を噛み締めていた。その姿は、近所の子供と喧嘩して、自分は悪くないと主張して拳を握り締め震えていたときと同じ。

「何処に俺の居場所があるんだよ。俺は料理もできない、優しく笑えない。良い子じゃない。俺よりアルのほうがいいんだろ!俺、もう嫌なんだよ!ロイの傍にいると、アルがいるのに、俺兄貴なのに、こんなこと思うの……間違ってる。ああもういやだ、俺に構うな子供扱いすんなバカロイ!」

爆発したようにヒステリック気味に叫ぶ少年の様子に、はっとする。なにを自棄になっていたんだ、子離れできないのは自分だ。子供たちの成長を見守ると決めたはずなのに。泣かせてどうする。

……いや、子供?こんなにも大きく育って、私の瞳を捕らえて離さない彼を本当に子供だと思うのか。

この場合、自分はどう動くべきなのだろう。
怒鳴る?撫でる?抱き寄せる?慰める?否定する?

「……!?」

とった行動は、そのどれでもなかった。
叫び声を上げる唇を自身のそれで軽く塞ぐ。驚きに見開かれる瞳を見たあとゆっくりと離れると、放心状態の琥珀がこちらを見つめる。

「少し、おとなしくしなさい。もう一度きくよ、私が嫌い?」

ゆるゆると首が振られて否定される。それにひどくほっとした。

「なにを思うのが間違っているんだ?」

先の言葉を拾って問い掛けると、また強く唇を噛んで俯いてしまった。噛み切ってしまいそうな唇に指を当て、開くように促す。

「俺、アルのこと、大好きだ」

根気よく瞳を見つめ続けると、やがてぽつりと言葉を漏らす。黙って聞きながら彼の両手をしっかり握った。

「でも、なのに…俺、だから、此処にはいられない」

途切れ途切れの拙く纏まっていない口調で戸惑いが伝わる。握る手に力を籠めた。するとおずおずと目を落として話し出す。

「俺はもう甘えたなガキじゃない、なんとかしないと、俺はいつまでたってもロイに……ロイ兄に迷惑かける。ロイ兄、まだ若いのに、俺たちのせいで結婚も出来ないじゃん。ロイ兄が俺たちのこと大切にしてくれてんのわかってる、けど、ロイ兄だって好きな人とかいるだろ」
「……エド」
「でも俺、本当はロイ兄がいなくなるの、嫌だ……アルにロイ兄取られるのもヤダ。アルには笑いかけるくせに、俺には困った顔だし。……それを見たくなくて、離れようと思ったんだよっ。アルと自分を比べるのも、兄貴なのに我儘ばっか言う自分も嫌だ、もう嫌だ!アルフォンスと違って俺はなんもできないし、こんなことばかり考えてすげえ嫌な奴じゃねえか。弟に対してこんなこと思って、ロイ兄に迷惑かけて、そんなの良いわけない。それに……それに、ロイ兄には本当に幸せになってほしいんだ」
「エドワード」
「っ、俺、だって、ロイにいだいすきだから……!」

感極まって震え、舌足らずになっている彼を腕の中に閉じ込めて力一杯抱き締めた。
物心がついて間もないくらいから一緒にいた。なによりも愛しい、子供だった。
愛しい子供、ああそうさ、エドワードもアルフォンスも、同じくらい大切な子供。

でもどうして、腕の中の彼に対して、溢れだす愛しさで満ちているのか。どうしてこのまま閉じ込めて自分だけをその綺麗な琥珀に映せばいいと思うのか、私だけで彼の気持ちが埋まっていることにどうしようもない歓喜を覚えるのか。どうして、

「何処にも行かないよ、エドワード」

どうしてキスをしたくなるのか。
しゃくりあげ音を零すその場所を見て、光る雫が溢れる所に唇を寄せた。塩辛さが口内に広がる。濡れそぼった瞳を真っ直ぐ見つめる。

「よく聞くんだよ。私が結婚しないのは君たちのせいじゃない。したいと思う相手がいないんだ。私はそれよりもまだ働いてやりたいことがあるんだ」
「嘘だ……」
「嘘じゃない。君が行ってしまわない限り、私は此処にいるし、君たちと一緒に居て幸せじゃないと感じたことは一度だってない。君は君だ、どうして比べる必要がある?……私も、エドが大好きだよ」
「……っ」
「そうだな、照れ屋な君がもう少し意地悪を減らしてくれたら、困った顔なんかしないよ。君が何か悩んでいるんじゃないかって心配になって困ってるんだ。でも、迷惑だなんて勿論思っていない」
「ロイ兄……」
「甘えていいんだ。私は、」

気付いては、いけなかった。
彼らを幸せにしたいと、望むなら。
浮かんだ言葉は精一杯飲み込んだ。

「君の家族なんだから」


もう少し、一緒にいたいと心から望んでいる。
いつか羽ばたくその日まで、傍で見守ると決めたのだ。
なにが最善なのかはわかっている。
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