長編

□家族とそれと
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「エドワード、おいで」

次の日、帰宅後すぐの彼をリビングに呼ぶ。平日の昼間に家にいることに少し驚いているようだが、笑って誤魔化すと、彼は眉間に皺を寄せた。逃げられるような気がして、休日だと伝えていなかったのだ。
リビングのソファに隣合って座る。彼は俯き、沈黙が降りた。アルフォンスは今日は部活だからまだ帰ってこない。

「なんで」

意外にも、沈黙を破ったのはエドだった。呼び出したはいいが話すことを纏めていなくて、何から話そうか考えていたために反応が遅れた。

「なんで、反対しねーの」

俯いていて声が聞き取りづらいが確かにそう言った。小刻みに肩を震わせる彼は怒られることに怯えるただの小さな子供。

「なんで、怒らねーの。やっぱり、俺が此処にいちゃいけないのかよ」
「エドワード」
「わかってるよ、だって俺なんかこの家にいらない!あんただって俺のこと嫌いだろ!あの時の大人たちと同じで、同情だったんじゃないのかよ……っ」

キライ?誰が、誰を。

「エドワード」

低く名前を呼ぶとびくりと身体を揺らした。恐る恐る顔が上がるが、目をいっぱい開いて驚いたあと、怯えるように瞳を揺らした。視線は逸らされていないが戸惑いで溢れている。
思えば、この家でここ数年、こんなに腹の底から不愉快なものが這い上がってくるような感覚はなかったかもしれない。しかし今はそれを考える余裕がない。

「……何故、そう思った」
「ろ、い…」
「それが理由で進学先を決めたのか」

エドワードはやや間があってから頷くだけで肯定した。
嫌い、同情。何を言っているんだこの愚かな子供は。馬鹿馬鹿しい。

「嫌いな相手と、十年以上も一緒に居られるとでも?私が偽善でお前たちと生活して接していると思うのか」
「…っ」
「家族と思えないから進路のこと私に相談しなかった、嫌気がさしたから寮に入りたいと言うのだな」
「おれ、」
「なにから逃げ出したいんだエドワード」

泣きだす直前の顔。もう何度も見たことがある。さっきまで強気に目尻を吊り上げていたのに、今は不安そうに琥珀の瞳を揺らして、身体は後退しかけている。思い込んで、暴走して、彼は逃げ出そうとしているらしい。そんなことを私がさせるとでも思うのか。

「逃げて、なんか……っ」
「私は君の意志を否定するつもりはない。しかしきちんとした理由もなしに勝手に思い込んでの言葉なら、私は認めない。勘違いすることは許さないよ、君は私の大切な家族だ。私はお前を、お前たちを同情の瞳で見たことはない」

父親でなくても、兄でなくても、自分は彼らの家族なのだ。始まりのあの日に決めたことなのに、いまさら何を迷っていたのだろう。
エドワードに対しての言葉であったが、自分に確認しているようでもあったらしい。ようやく大事なことを思い出して、少し苛つきが落ち着いた。逃げていたのは自分も同じだ、ショックを受けたからといって大人である自分が一方的に畳み掛けて、彼と向き合おうとしていなかった。
俯く彼に、今度は普段の調子で声をかけようとした。

「……っるさい!!苦しいんだよ、俺此処にいると苦しいんだよ!」

叫び声を上げるエドワードに思わず瞠目する。
琥珀の瞳からはぽろぽろ雫が溢れだしていて、厳しい表情を努めていたのに、動揺してしまう。
泣いてほしくない、私は君たちに泣かれるのが一番困るんだよ。

二人に出会うまで、私は子供が嫌いといってもいいほど苦手だった。どう接したらいいのかわからなかった。はじめ彼らに、自分を重ねていた。縋るものが見つからない辛さが、重なった。
二人が涙を流したときは、ただただ、涙を流す彼らに自分は狼狽えるだけだった。泣きながら手が伸ばされても柔らかく小さい手は壊れてしまいそうで怖かった。

でも今は知っている、伸ばされた手をとって抱き締めて大好きだと心から言えばいい。
安心して笑う彼らに自分も安心できた。たったそれだけ、それだけだった。
私の居場所はここにあると、そう思えた。
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