短編

□星の一つ
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オレが伝えたって、アンタにとってそれは何億もある星に埋もれた内の一つくらいの価値だろ?






「なにやってんだろ」


アホらしい自問自答。さっきから何度も繰り返されてて、答えはカンタン。

今日という日は世間で言うところのバレンタインデーというやつで。街は赤だのピンクだの派手な装飾が施され、お菓子の甘い匂いが充満してる。別にオレは甘いの好きだからいいけど、嫌いな人にとっては地獄だ。でも今日は、そんな人でも浮き足立ってると思う。
すれ違う女性たちはどこか楽しげで、大事そうに綺麗な荷物を抱えてる。きっと想い人に渡すんだ。

通常なら女性が男に想いを込めてチョコとかを渡すんだろうけど、何故かオレの手には可愛らしくラッピングされたチョコレートがある。何故か。……誰かに貰ったのではなく自分で用意してたり。アイツの為にだったり。


「……。」


何でオレがこんなもん持ってアイツの執務室の前で立ち尽くしてい居るかってーと、渡すに渡せないから。
というか、彼の執務室はその役目を果たすことが不可能なくらいに、ラッピングされた贈り物で埋め尽くされていて、本人が此処にいるかでさえ確認できない。きっと彼のことだ、自慢気にハボック中尉あたりに見せびらかして笑うに違いない。最低じゃん。


「おっ…と、大将?」
「ぅ」


やっぱ無理。帰ろ。
クルリと身体の向きを変えたところで何かにぶつかった。反動で後ろに傾いたけど、倒れる前に腕を伸ばされてオレのそれを捕まれた。びっくりした。


「何してんだこんなとこで?大佐の部屋なんか見てたって虚しくなるだけだろ」


確かに虚しいけど、オレのそれと中尉のそれは微妙に違うと思う。

そうだ、彼ならアイツの行方知ってるかな。


「大佐、は?」
「報告書の提出か?」
「うん」


報告書なんて口実だし、ついでだけど。
オレの目的はこれをアイツに渡すこと。なんとか自分を奮い立たせてここまできたんだ、吹っ切れて突き付けてやる。


「それならホークアイ中尉に預けとくんだな。大佐は今日司令部にいねーよ」
「え!?」


しまった、予想外だ。こんな何か起こるかもしれない日にいないなんて誰が想像つくか。バレンタインを狙って暴動とかあるかもしんないじゃん。


「なんか知らないけど、最近すっげぇ仕事して綺麗さっぱりと全部捌いて、ホークアイ中尉から有給もぎ取ってたぞ。どうしても今日休みが欲しいって」


その働きぶりは異常な程で中尉も感心してた、と彼は続けた。
なんで今日?ってかオレが三日前に帰るって言っといたのに、なんでいねーんだよ。
異常にムカムカしてきた。


「こんな日に有給とるなんて、彼女とデートでもしてるんでしょーね。俺らがこうして仕事してるときにな」


私というものがありながら他の女と?なんて。
そんな女々しいこと言う気はないけど、やっぱムカつく。
あーあー、そーですか。オレなんかどーでもいーわけね。


「……少尉はチョコ貰えた?」
「そんなこと聞かないでくれ」


少尉は格好いいと思うけどな。マスタング大佐の部下をしてるからなんだろう。
それか、彼の人当たりの良さ故に、「良いお友達でいましょう?」ってなるからモテないんだろうな。


「……」
「大将?」


……あ。なんで?
廊下の角。ハボック少尉の死角。


「マスタング大佐にチョコあげる女の人たちの気が知れないね。あんな気障野郎のどこがいいんだろーな?」
「そっすよねー、大佐はかなりのタラシなのに」
「オレは少尉のほうが格好良いと思うぜ?優しいし、彼女とかできたら一筋だろうし、浮気なんかしないだろ?」
「その人が好きなのに浮気なんかできねーよ」


誉められて照れ臭いのか、少し恥ずかしそうだ。そんなとこもいいぞ少尉。そうだよなー、浮気はダメだよな。
けっバーカ。


「そんな素敵な少尉にこれやるよ!オレからじゃ嬉しくないかもしんないけど……」
「ぶっ!ぇ、これ、ちょエドワード!?俺にかよっ」


何故か少尉は激しく動揺しだした。そんなに嫌か?
オレからのバレンタインチョコ。


「嫌ならいいんだけど……」
「そんなことねーって!ありが……」


なんでそんなに怒るんだよ。アンタがいけないんだろ。
その手に持ってるのだって此処に来るまでに貰ったものなんだろ?
なあ、


「ハボック、こんなところで何をしてる。業務はどうした」
「ひっ……マスタング大佐!?」


オレってアンタにとってなに?


「仕事中に関心せんな。休憩はまだだろ?それを寄越せ」
「今日は休みなのになんでいるんすか大佐」


オレが渡したものを少尉から奪おうと大佐がじりじり近づく。近づいた分だけ少尉は離れる。


「うるさい。さっさと行け、中尉が呼んでるぞ」
「うるさいのはアンタだ。それはオレが少尉の為に用意して少尉にあげたんだ。どうしてそれを大佐が奪う権利がある?チョコが欲しいなら自分の執務室見てみろよ、沢山あるぜ?」


この男はなにがしたいんだ。アンタがいけないんだぞ。何をそんなに怒る必要がある。


「少尉、悪いな引き止めて。仕事戻っていいぜ」
「でも大将……」
「中尉に発砲されちまうぜ」


オレが促すと困ったように少尉はこの場を後にした。
残ったのはオレと大佐。


「鋼の……どういうつもりだ」
「別に。アンタは何?デートするのに忘れ物でもした?」
「ああ、したさ。それをとりにわざわざ来たんだからな」


私服の大佐は怪訝な表情を浮かべ、標的をオレにして迫る。近づくな。


「君を、ね」


ということはオレを迎えに来たのか。
でもデートにオレは必要ないんじゃないですかー。相手がメンドクサイ人だからオレを息子として紹介して諦めさせる気ですかー。あーモテる男は大変だなー。ご苦労さんですねー。
……とは、険しい大佐の顔見ちまったらとてもじゃねぇが言えねぇな。
だけどオレの素直な口はペラペラと喋れるからたいしたもんだ。


「なに、嫉妬でもしてるわけ?ふざけんなよ、大佐が此処に居なかったのが悪いんだろ!?大佐が受け取るのが悪いんだろ!?」


執務室いっぱいの贈り物が動かぬ証拠だ。オレに浮気だなんだと言うくらいなら自分はどうだってんだ。


「私は今年貰っていない」
「そんな見え透いた嘘つくな」


どこをどうしたらそんな言葉が出てくるんだ。


「あれは、司令部に届いた物や女性軍人からの義理チョコだろう。私は今日一切直接貰っていない」


なんで?女たらしのアンタが女の人からの贈り物を拒否ってるの?
そんな言葉を信じろって言うのかよ。


「今の私には君がいる、女性に会わないように今日は休みを取った。鋼のが帰ってくるときいたから掻い潜って此処まで来た。私の苦労がわかるか?」


少し、疲れてるような顔をしてる。休みの為に仕事しまくったからか此処に来るのが大変だったからかその両者なのかはわからないけど。
これは……オレの為ってことは間違ってる?自惚れ?


「そんなの……知らない」


顔が身体中の血液がそこに集まってきたみたいに熱い。ほんの少しの嬉しさもあるけど、さっきまでの雰囲気を崩して素直になるのなんか絶対無理で。なんとか意地を張り続ける。


「……君ときたら、ハボックにバレンタインプレゼントだもんな。私の苦労は水の泡。さて、私を待ってる女性のところにでも行くか」


あまりにも気障な台詞に羞恥し俯いたオレに、やれやれと言ったように肩を竦めると歩きだそうとする。
ちょっと待て、本気かよ大佐。


「ちょ、…待っ……!!」


女たらしサイテーこの種馬それでも公務員かこの税金ドロボー。
咄嗟に悪口が沢山過ったがどれも音にならず、もどかしさから背を向けて踏み出そうとする大佐に手を伸ばすと、動くと思った身体は予想に反して一歩も動かなかった為、オレは結果大佐にぶつかる事になるわけで。


「ぶ。いってーじゃ……」


オレがぶつかって怯んでる隙に、クルリ向き直った大佐は流れるように屈んでオレに触れた。
正確には固形が先で、それを押し込まれた。
言葉を紡ぐその場所に。だからオレの文句は途中で飲まれた。彼のそれに。


「ん、……?」


甘い甘い固形の何かは、一緒に入ってきた熱い舌でオレの口腔で転がされ、溶かされる。
此処が執務室の前の廊下だとか、いつ人が通かわからない状況だってのが吹っ飛ぶくらいぐちゃくちゃだ。なんか色々。


「はっ、」


あまりにも縦横無尽に動き回るから息継ぎも出来ず、生理的な涙が滲んできた頃漸く固形が溶け切って、だけどまだ味わうように動いた後に銀の糸を引いて名残惜しげに離れた。
畜生、足に力はいんねー。


「な、に……」
「チョコレートは好きだろう?」


先程まで大佐の手にされていたものは包装が解かれ、高級そうなチョコレートが数個並んでいた。
この野郎。なんで勝ち誇った感じにニヤケてるんだ。


「冗談だ。鋼のを放って他に行っても後悔ばかりだろ」
「……っ知るか」


ムカつく。なんだよ、オレが悪いのか?


「君が誰にバレンタインチョコをあげようが私には関係の無いことだったかな?私があげればいいことだ」
「だっ…て、アンタがいけないんだ!オレ事前に言っといたのに此処にいねーし……こんだけ貰ってりゃオレのなんかいらねーだろ」


不安になった。これだけ綺麗な物を貰ってたら、自分の貧相な贈り物なんてちっぽけなものでしかない。例え彼の気持ちが自分に向いてると信じようとしたって、それてしまう可能性がチラリと胸を掠めてしまえばそこからどんどん不安に侵食されてしまう。
そんな気持ち、アンタにわかるか?


「安心しろ、君のチョコを食べた時点でハボックは消し炭にする。食べ物を粗末にはしない」
「……大佐には他のやるからそんなことするなよ。少尉にやったのは皆にお世話になりましたって配ってるやつだよ」


大佐に渡すつもりだったのはちゃんとポケットに入ってたりする。

ホークアイ中尉を始めとした皆に「いつもオレたちを心配してくれてありがとう」って今日という日に乗じて伝えようと提案したのはアルフォンスだ。
それなら渡せるかなと思って大佐へのは上司だからと理由を付け、弟を誤魔化して特別で用意した。

オレの手元にあるのは、紛れもない彼への特別な想い。


「貰ってばっかじゃ悪いから……やるよ」


照れ臭くてそっぽを向いてそれを突き出せば、大佐が笑った気配がした。

さっきよりも顔が熱い。


「ありがとう」



ホワイトデーは三倍返しな。
(あれ、てことはオレもか?)




数多の星に埋もれたって、大佐はオレを見つけてくれる。






Fin...




すっごい遅れてバレンタイン話…
ホワイトデーは間に合うといいな?


2008。2/25


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