短編

□1番甘い物
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ある晩、エドはなにやら機嫌が良く、ロイの家に内緒で上がり込んで台所でなにかを作っていた。
しかし、家の主人は残業でまだ帰っていない。

「大佐驚くかな?」

家中に甘い匂いが広がる。砂糖に小麦粉、バターなどが作業台に置いてある。彼は鼻歌混じりで菓子作りをしていた。

「おっ!出来たみてーだな。どれどれ……」

そろそろよかろうとオーブンから鉄板を取り出してみると、そこにはエドの予想していた物とは全くの別物があった。

「……あ゛。…焦げてるし」

がっくりとうなだれるといきり立って拳を震わせた。

「……なんでだよ!?この天才の俺様に限って失敗なんてっ!あ〜あ、スポンジ焦げ焦げ……。これじゃケーキ作れねー……」

それはもはやケーキのスポンジとは言い難い物体。砂糖の分量を間違えたのか、焼き時間を誤ったのか、はたまた他の要因か。

「どーすっかなぁ……いっそ、錬金術で再構築して……いやいやでも、錬金術を使ったら手作りとは言えねぇし……材料もないし……」

エドが試行錯誤しているうちに、ロイが帰宅した。

「ただいま」
「あ、おかえりー」

と呟いてみたって誰もいないから虚しいだけ、せめて小さな恋人でもいてくれたら。と自嘲めいてロイが呟くと、予想外に返事が帰ってきた。しかも玄関にお出迎え。

「早かったんだなー」
「…………」

カチャッ…
一度玄関をでて、自分の家かどうかロイは確かめた。
いるはずのない者がいたのだ、この行動は黙認してもらいたいところだ。

「大丈夫だよ大佐。ここは大佐の家だ」
「…………」

ギュッ…
今度は頬を摘んでみたり。
どうにも夢の気がして状況を信じられない。
そんなロイの行動にエドは苦笑した。

「……夢でもねーよ?今日の昼頃に司令部に行ったんだけど、大佐忙しいって中尉が言ってたから報告書は中尉に渡したけど、知らねーの?」
「……あれか。まさか君のだとは気付かなかった……」

処理した覚えはあるが、ロイは忙しさのあまりキチンと確認していなかった。自分の失態が悔やまれる。エドがいることがわかっていたなら倍の速さで仕事を終わらせていただろうに。

「んで、図書館行って、そのあと暇だったから合い鍵使って大佐の家に来て、大佐待ってた」

健気なエドの行動が可愛らしくて仕方がない。合鍵渡しておいてよかったと心中ロイは拳を握り締めた。

「……鋼の!!」
「だぁー!抱き付くんじゃねぇー!!」

しばしの間放心していたロイの次のアクションはエドを抱きしめることだった。仕事疲れの回復薬の役割をしているかのようにぎゅうぎゅうと腕のなかに閉じ込めた。

「充電…」
「なにが充電だよ……ったくしゃーねーおっさんだな」

苦笑いで黙って受け入れるだけでエドは文句を言いながらも突き放したりはしなかった。

「こんなところではなんだ。リビングに行こう」
「……ぉぅ」

ようやくエドを離すと、リビングに行く途中、キッチンにさしかかった。
そこでロイは例の、エドが作っていたものをみつけた。

「鋼の…これは……」
「うっわーーっっ」

慌てエドはそれの前に立って手を振り隠そうとしたが、ロイのほうが身長が高いため、無駄な努力だった。

「なにを作っていたんだ?」

自分の家で実験でも行われていたのかと、ロイは少し心配した。エドは冷や汗がだらだらと背を伝ったのを感じた。

「こ、れは……」
「これは?」

言い淀むエドを不思議そうにロイは眺めた。

…ケーキ……

ボソリと呟かれた言葉が聞こえなくて首をかしげる。

「なに?」
「ケーキ!!」

キレ口調で叫ばれたのを聞いて、怪しい実験でなくて良かったと僅かににロイは安堵した。

「うっ…うるせぇうるせぇ!!ちょっと何かが間違ったんだよっ!
もー笑いたきゃ笑えーー!」

恥ずかしくなったのか、エドは赤くなって憤慨した。

「ハハハ」
「ホントに笑うかフツー!?まがなりにも……」
「にも?」
「恋人…じゃねーのかよ……っ」
「可愛いな、君は」

様子に自然と口元が緩むのをロイは自覚した。
エドとしては、自分はいっぱいいっぱいなのにロイは余裕で悔しくてしょうがない。

「うぅ〜!」
「それにしてもどうしてケーキなんか作ったんだ?」
「それは…」
「ん?」
「大……佐に、食べてもらおーと……」

一生懸命頑張ったが、結果がこれでは罰が悪い。だんだん俯いてしまう。

「ケーキ、作れたのか」
「昔……ウィンリィと一緒に作ったっきりだったから、うろ覚えだけど。それでも大佐に食べてほしくっ……て」
「何故?」
「〜〜っだって大佐最近残業続きって聞いたから、疲れてんだろうなって!疲れてっからテンション低いんだろ?」

こっそり覗き込んだ執務室には眉間に皺を寄せたロイの姿が。それに、帰ってきたときもとても疲れているように見えた。少しでも、何かをしてあげたかったというのが本音。

「鋼の……、鋼のっ!!」

自分の為に一生懸命な恋人に愛しさが溢れた。どうしてこんなに健気なのだろうかとロイは思う。

「なんだよ連呼すんなよ」
「気を落すな鋼の。私はケーキより甘い物を知っている」
「なんだよそれ?」
「鋼のにもすぐ出来るよ」

ロイのために何か出来るのかと期待の籠もった目を向けるエドには、彼の企み等、知る由もなかった。


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