短編

□契約
1ページ/6ページ



アメストリス国の東部を管轄する東方司令部。エドワードは今、数か月ぶりの報告書提出の為に上司であるロイの元にやってきた。


「よぉ大佐、」

「ん?なんだ鋼のか。どうした、随分と間が空いたようだが、なにか収穫はあったのか。弟は居ないんだな」


突然の予告無しの訪問であるのに慣れてしまったロイは別段驚くでもなく、逆にエドワードは期待した反応と違って少し口を尖らせる。
ロイは視界が悪くなるほど文字通り山積みになった書類の間からエドワードを見た。これが大人なのかとエドワードはため息を落とした。


「相も変わらず仕事ためてんなぁ。お陰さまでこれといった収穫はねーよ。はい報告書。アルは宿でお留守番」

「そうか。では後程此また此処に来なさい」

「あ?なんで」


手元を見ながらの会話も気に食わないが、再度呼び付けられる意味がわからない。エドワードは僅かに眉を寄せた。


「私はこれから会議だ。終ったらゆっくりお茶でも飲みながら報告を聞こうじゃないか」


軽やかな笑みを浮かべながら言うが、書類の隙間からしか見えていないのであまりわからない。


「野郎と茶飲んでなにが楽しい!」

「相変わらず冷たいね。私にも少しばかり情報が入ったもんだから君に提供してやろうと思っただけだよ。おっと時間だ。それでは後程、鋼の錬金術師殿」


嫌味なくらい丁寧に二つ名を言いながらロイは立ち上がり、やっと見えた顔はエドワードに言わせればやはり嫌味な笑顔だった。
執務室を後にしたロイを視線で追い、ほとんど強制じゃねーかと毒づいた。







(大佐が来るまで暇だ)


執務室でおとなしく待っているなど性に合わないので中庭に出てみた。忙しなく動く軍人を眺めながら木陰に腰を下ろす。暇つぶしを持ってくればよかったと軽く後悔した。


(……それにしても大佐また仕事貯めてたなぁ。やればできる人だって聞くけど本当かよ。サボって中尉に怒られて量増されてたりして。ま、自業自得だよなぁ、ざまーみろ)


間抜けな上司を想像すると自然と口角が持ち上がっていた。
ロイのことを考えると溢れる気持ち。ふと、無意識に何かを避けているが、放っておいたほうがいい気がした。それが自分のためであるとどこかでわかっていた。


(本屋でも行くか)


イーストシティに着いて司令部に向かう途中に見かけた本屋をふと思い出した。弟に急かされたためゆっくり確認することができなかったが、ロイに言われている時間まではまだ大分あり、足を向けてみることにする。

記憶を頼りに見つけた店は外観も店内も薄暗くとにかく人気が無かった。裏路地といってもいいような場所に位置するため、さっきまでの大通りとは別世界のように静まり返っている。
小さな店のわりには冊数があるが、どれもこれも年季が入ったものばかりで流行の新刊などは到底置いていなさそうだ。目的の手がかりになるようなものがないかと期待しながら物色した。


「……これ、」


一冊の書籍が目に留まった。特に目立ったカバーでもないのにそれが妙に気になり手に取り捲ってみるが、それは古びた錬金術書でありしかも専門外の内容であった。


「おもしろい、かな」


何故か興味を引かれ、つまらない内容だったら上司に押しつければいいかとそれを購入した。店の雰囲気に違わず店主も明るい印象ではなかった。

十歩ぐらい歩いたところだろうか。何気なく振り返ってみると在ったはずの店は無く、空き地がそこにあった。


「……は?」

(え、いやだって今まで俺店にいたよな、買い物したよな?なんだこれ、意味がわからねぇ。はあ!?なにが起きたんだよおい、よし、少し落ち着こうか俺、落ち着けエドワード・エルリック)


現実であるはずの目の前の光景を受け入れろと必死に自分に言い聞かせるが冷や汗が流れ続ける。


「俺、さっきまで此処にいた、よ、な……?」

(くそ、人気が無さすぎる。目撃者がいなけりゃこれじゃまるで俺が夢でも見てたみたいじゃねーか…白昼夢とでもいうのか。それじゃこの本はどうやって説明する?錬金術を使ったなんて線はどうだ、いや、あれだけの質量が一瞬で消えるなんてありえない、これだけ近くにいた俺が錬成反応に気付けないなんてそんなはずあるか)


不可解な出来事に理由を付けて解明したいと、ある意味研究者の自棄で様々な思考を巡らせるが一向に答えはでない。そうこうしているうちに三十分という意外に長い時間が経っていた。


「……っやば、戻んなきゃまずい。結局何にもわかんないし……やっぱ、夢かな」


行き詰まり憤慨したエドワードはようやく時間を思い出し仕方なく執務室に戻った。すっぽかせば情報が与えられない代わりにとびきりの嫌味が飛んでくることは必至だからだ。
しかし部屋主は不在で、とっくに針は指定された時間を越えているのに戻ってくる気配がなかった。やけに時計の秒針音が耳につく。


「んだよ、大佐いねーじゃん」


ソファに無造作に腰を下ろしながら手にした本に目をやった。あの出来事が夢か現実か、確かめる術はないがこの本が教えてくれるかもしれないと思った。
本を捲る音と時計の刻む音だけが響く。辺りには誰の気配もない。
本には見たことのない錬成陣が多くあり、どんどん読み進めていく。ふと気になる項目を見付け、思わず声に出していた。


「魔の、錬成?この錬成陣で貴方の一部を錬成すると、契約者が錬成されます。その契約者と契約を結べば見合った対価で己の望み、欲するモノも手に入、る?うわぁ、」


馬鹿らしい。
錬金術というよりオカルトや宗教的なものではないか。やはり選択をミスったのか。これは上司に押しつけるしかないと思った。


「こんな呪いみたいなこと、俺がやるわけないじゃん。あーあ、アホらし」


やれやれといったポーズをとりながら言うが、目線は本へ注がれている。
怪しすぎる。錬成陣の構造からして意味のわからない記号ばかりで分析するのには時間が掛かりそうだし第一発動するかも怪しい。こんなの子供の落書きじゃないか。天才錬金術師と名高い自分がこんなくだらないもの信用するものか。







「……っと、これをこーして…俺の髪を……できた…」


数分後、本を片手にロイのデスクにあった適当な紙に錬成陣を書き始めているエドワードの姿があった。葛藤の末、暇だからを理由に実行することにした。


「……っ、はあ。なーにやってんだよ俺」


もし、本当に願いが叶うならなにを願うのか。弟の身体を取り戻す、それが今の目標であるし心から望んでることだ。しかしちらりと思考を過るものがある。もし、弟の次に願うのだとすれば。
これ以上は駄目だと警告音が鳴った気がして、振り払うように勢い良く両手を合わせた。錬成光が部屋を包み、発動したことがわかる。


「……さて、契約者とかいうののお出ましってか」


煙が立ち上がる錬成した場所から影が見えた。あんなものが成功したのかと驚きながらも慎重に様子を窺う。
紙を錬成しただけなのに物体が出来上がるなんて質量保存の法則はどうしたのだろうか。エドワードはそれを確かめるべく目を凝らした。


「どうやら合成獣みたいな奴ではないみたいだな。契約者、なのか」

「そういうことになるな」


煙が晴れて契約者の顔がはっきりする。どうやら相手は言葉が通じるらしい。物体は生物だったことが驚きで、妙に興奮した。
しかしその顔を確認した途端、エドワードの表情が驚愕に変わる。
そういえば、どこかで聞いた声。


「なっ、はぁ!?お前、」

「私は、錬金術師が錬成したときに想っていたものに姿を変える。お前の想い人はこいつだろう?」


錬成物は、こいつ、といいながら自分を指した。
そこには先程エドワードと此処で会話をしていた人物、らしき者が立っていた。


「……大…佐…?」


室内に沈黙が流れる。
エドワードは呆気にとられながらロイに似すぎた者を凝視する。冷静な判断力は欠乏しているだろう。


「あ、あははは!冗談きついぜ大佐。いい加減にしろよな!」

「お前の言うそれとは、私は違う」


ロイがからかっているのか、その望みをかけて笑い飛ばそうとするもの相手は真剣だった。


「ったく冗談じゃねぇよ。明らかに怪しい錬成物がなに言ってやがる。はっ、俺の想い人だと?そのくそ大佐が?笑えねぇな」

「心の奥底に置いて、気付かないようにしていても。一番想ってるのはこいつだろ」

「俺はアルが一番大切だ!!」


何かを否定するかのようにエドワードは叫ぶ。
その容姿に苛々した。この科学では到底証明できなさそうな事態も、目の前の者への苛つきで思考から外れた。自分のなにがわかる、全て知っていそうな目が嫌だ。


「それは家族への感情。お前の錬成はそれ以外へのものだ。お前の一番はこいつ。この錬成は、気持ちに反応する。お前の願いを叶えてやろう」

「なっ…!意味わかんねぇ、勝手に決めるな!」

「対価を貰う」

「人の話を聞け!……対価、だと?」


これはあくまで錬金術。
錬金術の基本は等価交換だと云うのなら対価が必要となる。それは理解できる。

エドワードは一つため息を吐くと、未だ混乱は残るがコレは自分の錬成の結果だと無理矢理自身を納得させた。


「対価はお前の魂の一部、つまり気持ちの一部。安心するといい、お前が一番厄介だと思うものを対価にする」

「気持ちの、一部」


腕や足や、身体全部。今まで辛いものを対価に払ってきた。
だが、対価は気持ちの一部。今の自分の感情はあって邪魔なものばかりだとエドワードは思った。
特に恋心なんてモノは邪魔で仕方ない。わかっていた、随分前からむず痒いような感情を持っていたことを。苦しいときもあったし、無償に泣きたくなることもあった。旅をしていてもどかしくなることも何度もあった。これを対価に払えば、自分が望んでいるというものが手に入るのか。


(大佐……?)


それくらいなら、安い。
邪魔なんだ、こんなもの。
まったく、自分の思考に笑える。


「いいよ。……契約、してやるよ」

「成立だ」


契約者の手元が光り、エドワードはその光に包まれた。


(……大佐……)


眠りに就くのとはまた違った感覚。
次目を開けたら、何が違っているのだろうか。











次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ