短編

□悪戯執行五秒前
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「ハロウィン?」


 ぱちくりと目を瞬かせ、エドワードは問い返す。


「なんだ、大将知らないのか。まあ要するに、祭りだよ祭り」


 ハボックは煙草を吹かしながら、年相応に首を傾げる少年に教えてやる。


「どうも本来はもっと宗教的なものだったらしいが、アメストリスに伝えられて民間人が取り入れたのは都合のいい部分ばかりみたいでな。まあ楽しんでるから別にいいとは思うけど」
「へぇー」


 話に食い付いたらしいエドワードを見てハボックは口元を緩める。たまにはいいよな、と心の中で呟いて。


「というわけで、お前さんも参加してこいよ」
「ええっ、だってそれガキのするイベントじゃねーの?やだよ」
「へーきだって、大人も参加すんだから。ちなみに俺たちも警備担当。なんなら軍属の潜入任務だとでも思えばいいじゃねぇか」
「えー…」
「アルも連れてってやるといい」


 瞳は興味津々のくせに渋るエドワードは、弟の名前を出されて言葉を詰まらせる。
 厳つい鎧に包まれた弟は、子供らしいことがあまり出来ない。辛いことを強いられている弟に、してやれることはしてやりたい。それに弟は楽しいイベントが大好きだ。弟を思う兄としては、楽しませてやりたい。


「ハロウィンは明日だ。アルはともかく、お前はなんか衣装用意しとけよ」
「衣装?」












「わあ〜…」


 ガチャリガチャリと身体を揺らして、アルフォンスはあちこちに視線をやる。


「ねえ兄さん、兄さん。あれなんだろ、包帯ぐるぐるだよ。あ、あっちは角が生えてる!みんな面白いね!」
「おー」
「兄さん、あそこに美味しそうな屋台出てるよ。行ってみようよっ」
「おう」


 表情のない鎧でもわかるほど嬉々とした様子の弟に、エドワードも笑みを浮かべてついて行く。連れてきてよかった、と心の中でハボックに感謝する。


「鎧着てても、みんななんとも思わないんだもんね。すごいや」
「お前よりすげー仮装山ほどいるよなー、おおあそこのやつデカいな」


 思い思いの仮装をした市民の中では厳つい鎧を着ていても、なんら不自然ではない。なんの気兼ねもなくいられることを喜ぶ弟と、様々な出店や人々の衣装を見て、楽しむ。


「兄さんのことだからもっと派手な仮装してくると思ったのに。今日はなんでもありなんでしょ?」
「お前は俺のことをどう思っているんだ。まあ、こんなもんだろ。嫌な奴に会ったら絶対からかわれるし」


 聞いた話だと、運営兼警備としてこの場所にいるらしい。いつ鉢合わせてもおかしくない状況なのだ。
 エドワードも周りに倣って仮装をしている。常時赤いコートを身に纏っているエドワードにしてみれば地味な、真っ黒なマントを掛けて大きな帽子を被っている。


「でも可愛いよ兄さん」
「褒められてないな、それ」


 大きめなマントと帽子はぶかぶかで、小柄なエドワードをさらに幼く見せる。錬成したのは自分であるが、後悔している。


「兄さん、このクッキー美味しそうだよ、食べる?」
「おう、くれ。……?なんだよ、くれんじゃないのか?」
「駄目だよ兄さん、ちゃんと言わなきゃ」
「あ?」
「トリックオアトリート、だよ、鋼の」


 ふいに耳元から聞こえた声に、エドワードはぞわりと肌を粟立たせる。そして勢いよく振り向きざまに右腕を振り上げるが、軽く躱されてしまった。


「気持ちわりぃことしてんじゃねえよくそ大佐!」
「おっと。ご挨拶じゃないか、鋼の。せっかく私が教えてあげたのに」
「わあ大佐、格好いいですねー」
「どこがだ!!」


 エドワードの憤慨を物ともせずロイは笑みを浮かべる。
 タキシードにシルクハット、コウモリのようなマントを纏い、ロイもまた仮装に参加している。
 エドワードは隠すことなく舌打ちする。まさに会いたくなかった人物とはロイなのだ。


「バンパイアの衣装だよ。闇に紛れて現れては若い女性の生き血を啜る。私のところにその身を差し出す女性が絶えなくてね。困ったものだよ」
「胡散臭さが三割り増しになっただけじゃねぇか」
「なにか言ったかね、鋼の」
「イーエ別ニ」


 こういうところが心底面倒くさい。早く仕事でも女性でもいいからこいつを連れ出してくれないものかとエドワードが考えていると、ロイは笑みを浮かべたまま右手を差しだしてきた。エドワードには意図するところがわからず、首を傾げる。


「トリックオアトリート」
「は?」
「お菓子をくれるか、悪戯されるかの二択だ」
「あ、兄さん大佐にこれあげなよ」


 お菓子を持ってないエドワードは弟が持っていたクッキーを受け取ろうとしたが、ロイは笑顔で首を振る。その表情にエドワードは嫌な予感がした。


「君が持っていないなら、駄目だな。悪戯決定」
「はああああ!?」
「楽しみにしていたまえ」


 はっはっはと高らかに笑いながらロイは去っていった。含みのあったあの言い方に、先程から自分の中で警告音が鳴り響いている。


「なんだろうね、悪戯って」
「くそ、知るかよ」


 いっそここから逃げ出して旅立ちたいがそうもいかないため、弟と二人、イベントを楽しむことにした。
 ロイが現れたら全力で逃げようと密かに決めていた。










 ぴんぽんぱんぽーん、と間延びした音が、会場のあちこちに設置されたスピーカーから鳴った。


「なんだ?」
「何か始まるのかな」


 訝しむエドワードと期待に声を弾ませるアルフォンスはまさに正反対だった。
 ガサガサと僅かに音がしたあと、声がする。


『テステス、マイクのテスト中……』
「げっ!?」
『みなさん、ハロウィンを楽しんでおられますか。さてただいまより、軍部による企画を開始したいと思います』
「企画?この声大佐だよね」
『ルールは簡単、ある人物を探し出して、本部まで連れてくること。制限時間は三時間。見つけた方には豪華な特典があります』
「へー、楽しそうだね」
「豪華特典ねえ。重要書籍だったら俺も参加するがなぁ」
「そんなの普通の人は欲しがらないでしょ」
『では、これから皆さんに探していただく人物を発表します。軍部主催なので、軍属の人間ですが、彼は親しみやすいかと思います』
「誰だろうね?」
「ハボック少尉とかフュリー曹長じゃねーの」
『国家錬金術師なので逃げ回る際錬金術を使うかもしれませんが、市民の皆さんに危害を加えることはまずありません』
「国家錬金術師かあ」
「つかもったいぶんないで早く言えよクソ大佐」
『金髪金目、背は平均より低い。そう、』
「あれ?これってもしかして……」
「あ?そんなやついたか?」
『ご存知、史上最小国家錬金術師、鋼の錬金術師エドワード・エルリックを見つけだしてください!』
「だぁぁれが顕微鏡持ってこないと見えないほどのドチビかああああ!!俺は最年少国家錬金術師だ!!!!」
「えっ」
『今恐らく騒いでいる魔法使いの少年が、彼でしょう。禁止ワードは小さいを連想させるもの。口にした場合の身の安全は保障しかねるので注意してください』
「って、だから俺はミジンコ豆粒じゃねえっつってんだろクソボケ大佐!出てこい三十路野郎!」
「兄さん、誰もそこまで言ってないから。大佐此処にいないし」
『なお、時間いっぱい逃げ切った場合には、君に例の本をプレゼントする。というわけだ鋼の、頑張りたまえ』


 去っていったときと同じように笑い声を上げて、声は途切れた。


「ち、ちょっと待て!俺そんな話聞いてないぞ!例の本ってなんだ!」
「兄さんっ、なんかみんなこっち見てるよ!これって、逃げなきゃ駄目じゃない!?」
「うわあああ!ざけんなクソ大佐ああああ!!覚えてやがれっ」


 エドワードを見つけた市民が次々に追いかけてくるので、エドワードも全力で逃げ出した。アルフォンスも兄に倣って走り出す。
 なにも聞かされていないで始まった企画なのだから捕まったところで構わないのだが、人々の鬼気迫る表情に恐怖を覚え、逃げずにはいられなかった。


「あれ、兄さんもしかしてさこの企画」
「あぁ!?」
「大佐の悪戯なんじゃないかな」
「はあ!?マジ、かよ……っざけんなあああ!!」


 お菓子を渡さなかった報復がこの企画。息も絶え絶えに全力で走り回るエドワードは怒りに震えた。
 確かにロイから逃げる気でいた。しかしこれは全くの想定外だ。


「ぜってぇボコる!あの面見れなくなるまで殴り倒す!」


 そう叫び声を上げた後も、エドワードは逃げ続けた。










「あと、どんくらい、逃げ、れば…いいんだっ」
「多分あと十分くらいだよ兄さん」


 すっかり息の上がったエドワードは、人気のなくなったところで脱力した。あれからその身体能力と錬金術を駆使してなんとか逃げ切ってきた。


「ちくしょう、逃げ回るついでに大佐探してたのに見つかりゃしねぇ」
「まだ諦めてないんだ」
「とぉーぜん!殴んなきゃ気がすまない」
「あはは」
「?なんだよ、アル」


 拳を固める兄を見て、アルフォンスは笑った。エドワードは首を傾げる。


「だって楽しいんだもん」
「えー」
「なんかこないだまで難しい本ばっかり読んで引きこもってたから。こんなに必死になって走り回って、色んな格好して騒いで、お菓子もたくさんで。大佐も面白いし。僕は楽しいよ」
「俺はなんの得もしてねーけどな」


 エドワードは悪態を吐くが、アルフォンスは楽しげだ。


「そんなことないかもよ、大佐言ってたじゃん、文献くれるって」
「大佐じゃ、期待出来ねーよ」
「心外だな、鋼の」
「うわ、でたっ」


 神出鬼没すぎやしないか、とエドワードは驚きで鳴る心臓を押さえた。そして恨みを込めて笑顔を崩さない男を睨む。


「てめぇ、俺にわけわかんねぇ企画やらせやがって。聞いてねぇぞっ!」
「言ってないのだから当然だろう」
「このやろぉ〜!俺がどれだけ大変だったと!」
「ところで、あと五分ほどで終了するな」
「おう。見事逃げ切ってやったぞ。なんだかしらんが報酬は弾んでもらうからな」
「逃げ切った?」


 ロイは意味深に呟き、にやりとエドワードにとっては嫌な笑みを浮かべた。仮装しているその姿からも、悪い男にしか見えない。


「まだ五分、ある」
「はあ?って、わぁっ」


 ロイはマントを翻し、エドワードに近づいた途端、ひょいと抱き上げた。突然のことに反応が遅れたエドワードは呆然としている。


「捕まえた。思ったより軽くてよかった」
「へ?は、え…?」
「さて、行くか」
「は、離せー!」


 やっと抵抗し始めた時にはもう遅く、ロイはエドワードを抱えたまま走り出した。アルフォンスは不思議そうにそれを見送った。
 抱えられたまま走り抜ける中、暴れて解放されようと試みるも、振り落とされるのはそれはそれで嫌なので、しかたなくしがみついた。


「なんで大佐が出てくるんだよ!」
「ルールに私は参加してはいけないというのはなかったはずだが?」
「ずるい!なんだかしらないが、俺にくれるっつった本はどうなるんだよ!?」
「心配いらない、それは後で渡そう」
「は?なんだよ大佐の本かよ。じゃあ俺逃げ回んなくてもよかったじゃん」
「ははは」
「……なんだよ」
「いや、やっぱり私も特典が欲しくなってね。逃げ切ってしまうなら私が捕まえてしまおうと思って」


 などと話しているうちに、ロイはエドワードを抱えたままゴールを果たした。と同時に制限時間も終わった。


『エドワード氏を見事連れてきたのは、マスタング大佐でした。ただいまをもちまして、軍部特別企画鋼の錬金術師争奪戦豪華特典は誰の手に?を終了します』
「そんなタイトルだったんだ…」


 後からロイを追いかけ、ホークアイのアナウンスを聞いたアルフォンスが呟いた。
 エドワードはじたばたとロイの腕から逃れようともがくが、一向に抜け出せない。


『優勝者のマスタング大佐に、』
「大佐っ、もうゴールしたんだからいい加減離せよ!」
「逃げるから駄目だな」
「はあ?この期に及んで逃げねぇよ。てかそういえば豪華特典とやらはなんなんだ?」
『では、マスタング大佐には特典として、鋼の錬金術師にささやかな願いを叶えてもらえる権利を授与します』
「……なんだと?」
「ということだ、鋼の」
「っ、離せ離せはなせぇぇ!!」


 やはりこれも聞いていなかったエドワードは嫌な予感を感じてより一層暴れるが、ロイはがっちり捕まえて離さない。
 弟やホークアイに助けを求めようにもすでに談笑が始まっていて聞いてやしない。


「はっはっは、君は断れないのさ」
「なんでだよ!ああちくしょう、なんで大佐なんかに捕まっちまったんだっ」
「では、私のささやかな願いを叶えてもらうとするか」


 捕まったままでは為すすべがないエドワードはどうせロクなことではないと身構えた。


「トリックオアトリート、と私に言いたまえ」


 それだけ言ったロイの顔を、エドワードは不思議そうに眺めた。もっと無理難題を突きつけてくると思っていたのだ。


「ささやかな、と言ったろう?さあ、言ってごらん」
「と、トリック、オアトリート……?」


 まあそれくらいなら、と戸惑いながら言うと、ロイは懐からオレンジ色の小袋を取り出した。


「はい」
「え?」
「君にこれを渡そうと思っていたんだ。ハロウィン限定で、美味しいそうだよ」


 ゆっくり降ろされ、手には小袋を持たされた。さらにはぽんぽんと頭を撫でられる。


「鋼の。ハロウィンは楽しめたか?」


 ロイは満足そうに微笑むと、離れた場所からかかる声に振り向き、歩き出した。顔つきはすでに仕事用のものになっている。


「なん、だよ……」


 後に残された子供は顔を赤くして呆然と大人を見送った。





 トリックオアトリート

 お菓子をあげる前に悪戯された











 

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