短編

□受話器越しの言葉
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手を伸ばしては引く、いい加減その繰り返しに飽き、俺も男だと腹を括った。

……のは一時間ほど前。括ったはいいがすぐに解けてしまったようで、いまだに手はそれを取ることを戸惑っている。








「もう兄さんいい加減にしたら」


弟の呆れた声も今は気にしている余裕がない。鎧姿の弟だが表情を付けるとしたら物凄くどうでもいいといった顔をしているに違いないだろうことはわかるが、こっちも真剣なんだ。


「あ、じゃあ僕が回してあげるよ」
「へ?あっ、ちょ、おいアル!待て……っ」
「はいどーぞ。コード言って」


あれだけ俺が躊躇していたというのに大きな指で簡単にダイヤルを回し受話器を手渡されてしまった。コール音が鳴る中いきなりのことに軽くテンパっている間に繋がってしまったようで、はいこちら、なんて聞こえてくる。今ここで切るわけにもいかないし泣きそうになりながら渋々受話器を耳に当てた。それを見届けると満足したのか弟は何処かへ行ってしまった。
宿の電話、つまり一般回線を使っているから目的の人物の所まで繋げるには専用コードが必要になる。交換手に記憶にある文字の羅列を告げると、少し待つように言われ、コール音が再び響いた。緊張からか左手が汗ばみこのまま切ってしまいたい衝動に駆られたが妙なプレッシャーを感じ断念した。
ええい、なるようになれ。


「もしもし、」


突然コール音が切れ凛とした応対の声がする。最後の望みとして彼の副官が出てくれないかと願ったのも虚しくこの声は紛れもなく上司の男であった。


「俺、だけど」
「珍しい事もあるものだな。交換手から君の名前を聞いたときは何かの間違いだと思ったよ」
「っせーよ」


忙しなく波打つ心臓の音を無視してあくまで平静を装う。顔の筋肉は引きつっていることだろうが電話越しでは相手の顔なんか見えないんだからこの際どうでもいい。


「で、どうしたんだね」
「それはこっちの台詞なんですけど。てめぇだろ俺の口座止めたの」
「ああ、そういえばそうだった」


しらばっくれやがって。やった張本人が何言ってやがる。てか何回目だよちくしょう。良いように操作されてる事実に嫌気がさす。


「今度はなんだよ、また任務かなんかだろ」
「ん?いや、君に会いたくて。どうしても捕まらないから」


こんなにこの上司に殺意を覚えたことはないね。受話器が握り過ぎでみしって音がした。
会いたい、そんなくだらないことのために旅で忙しい俺の研究資金口座を止めたのかこの男は。職権濫用も甚だしい。
先立つものは金、身も蓋もないがなければ俺たちは旅が出来ないし手掛かりを探すことも出来ないんだ。それをわかっててこの野郎。お陰でまた食い逃げになるところだったじゃねぇか。
どうしようもない、副官に風穴開けてもらえば良いんだこんなやつ。今度彼女に会ったときお願いしとこう。


「……今すぐ殴りたい」
「おや嬉しいね。そんなに君も私に会いたいのか」
「都合のいい解釈するな!」


電話中の相手に攻撃する錬金術が存在しないかと思考を巡らせていると、くすくすと笑い声がした。それは受話器からで、俺が怒ってるのに上司は笑っているようだ。


「どうやら、元気そうだな」
「元気で悪いかよ。もっとも、あんたと電話してるせいで機嫌は悪いがな」
「何故?私は今とても楽しいよ」


ああそうだろうともあんたは悪戯が成功したんだ、けど俺は被害者だ!正直今すぐこの通信をぶち切ってやりたい。
もう一度抗議してやろうと思い勢いをつけるため息を吸ったが、俺が喋るより先に電話越しに声がした。


「君が、遅すぎなのが悪いんだ」


拗ねたような口調に、先程までの勢いに任せていたテンションが落ち着いてしまい、電話が繋がった時の緊張が戻ってきた。出来ればあのまま切りたかったのに。今すぐにでも受話器を置きたいところだがそうもいかなかった。


「……大佐、これ私用回線じゃない」
「わかってるよ」


本当にわかってる常識ある大人ならこんなことするわけないじゃん。俺の中でロイ・マスタングは非常識な男に認定されている。


「東方で君の話を聞かない。私の管轄外で何かあったら私はなにもしてやれないだろう、あまりに君の情報がなくて心配になったんだよ。だって、」


恋人に長い間会えなかったら不安になるのは当然だろう?

空耳、幻聴、あるいは妄想。鼓膜は通してないのに確かにそう聞こえた。でも、いつまで経っても続かない言葉の続きはこれに間違いないと思う。不本意ながらこの男のことはだいたいわかる。


「……へいへい。自分の監視下にいる部下がなにかやらかさないか心配なんだろ、わかったって」


無能な大人のためにフォローを入れてやる。
だからこれ軍の回線なんだって。敵の多い大佐のことだ、盗聴の恐れがある。いつどこで誰が聴いているかもわからないし、関係を知られれば自分たちには不利にしかならない。それは大佐も十分わかっていること。


「そんなわけだ。せめて東部にいてくれないか」
「っ、嫌だね!」
「つれないね」


俺の言いたいことを察したのか、いかにも部下を心配する口調になったけど、そこに含まれるのは多分大佐の本心で、速答で返すと落胆の声がした。


「い、今貴重な情報手に入れて、それ調べなきゃなんないからしばらくそっち戻れないって報告するのに電話したんだ」
「そうか」


恋人、なんて甘い関係は初めてで、俺は戸惑ってばかりいる。相手のことを考えて感情をころころ変えるのはなんて大変なんだろう。しかしそれが嫌じゃないから困った。
不安にさせたくないと思う。でもそれは難しいことなんだ。俺と大佐に野望がある限り、俺たちは銀時計を手離さない。


「別に今回は無茶なことしない」
「本当に?」
「おう」


保証はできない。けど少なくともそういう心構えではある。ようは心の持ちようではないだろうか。
といっても大佐は恐らく信じちゃいない。でも俺はそれしか言えないんだから納得してもらおうじゃないか。


「……頑張りたまえ、鋼の」
「おう」
「早く会えるのを楽しみにしている」
「寂しいのかよ」
「もちろん」


トクリと心臓が鳴った。


「お、れも、会いてぇよちくしょう!」
「!はがね」
「じゃあな!口座戻しとけよ!」


そう言い捨ててがちゃりと受話器を置く。はあ、と息を吐いて振り返るとアルが立っていて、驚いて肩が揺れた。


「な、なんだよ」
「兄さん顔赤いよ」
「へぁ!?う、うううるさい!」


多分音をつけるならニヤリ。そんな風に笑う気配を感じて恥ずかしさを誤魔化すように早足で歩く。


「口座は戻すって!ただの大佐の悪戯だった!」
「ふぅーん」
「まだ列車には間に合う、行くぞ!」
「そうだねぇ、早く帰りたいもんね」
「な、なっ、煩いぞアルフォンス!」


弟にからかわれながら、後押ししてくれた人のためにも頑張ろうと気合いを入れた。




思ったより、会うのが早くなりそうだ。
自分ばっかりが寂しいと思うなアホ大佐。









end

 

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