長編

□家族とそれと
2ページ/4ページ








夕飯も終わり、風呂から上がってリビングでソファに寝転んで寛ぎ体勢で適当なバラエティ番組を眺めていると、それを遮るようにエドワードが仁王立ちした。後ろの方で何か言っていたようだが、倦怠感と睡魔が襲ってぼんやりして返事をしなかったせいで、痺れを切らしたらしい。

「おいロイ!話聞いてんのかよ」

ずり。
自分の名前なのに聞き慣れないその音に驚き、古典的に滑り落ちてしまった。地味に腰打った。慌てて起き上がり普通に座りなおす。
お願いだからその蔑む目をやめてくれ、お前の発言が悪い。ついに呼び捨てか。せめてお父さんにしてくれないだろうか。一応養父なんだし。

「っはぁ!?あんたのこと親父だとか思ったことねーし、もう兄貴だとも思ってねぇよっ」

ショックを受けると、本当に何かで頭を打たれたようにガーンと音がすると初めて知った。確かに最近口が悪いなと思っていたが彼が言ってる分には可愛いものだった。なにより彼だから。
しかし、父でも兄でもないとなると彼にとって自分はなんでもないと言われたも同然。自分は、彼にとってなにかと考えを巡らせるが答えは出ない。

「俺、ここ受験するから」

手渡されたパンフレットらしきものに目を向け文字の羅列を追う。どうやら高校の案内らしい。施設やカリキュラムは興味深いものばかり。環境は申し分なさそうだ。
目に止まったのは聞いたことのない学校名、当たり前か。

「……どうして、此処に?」
「別に。偏差値そこそこだし文句の付けようないだろ」

私立の全寮制学園。遠く離れたその土地にある学校に彼は行きたいと言う。

「此処から通える場所にもこのくらいの学校あるだろう」
「……寮に入りたい」
「どうして」

この子は、素直な子だ。乱暴な口調と態度であっても決して人を傷つけることはない、優しい子。嘘を吐くのは昔から下手な不器用な子。
真っすぐ目を見つめて問い掛ける。頭のいい彼なら学校なんて選び放題なのにあえて此処にした理由が他にもあるはずだ。
交わっていた視線が逸らされた。それだけで十分答えになっている。

「……っなんだっていいだろ!入学金とかは奨学金取ってなんとかする、あんたに迷惑かけない!ほっといてくれ」
「エドワード」

低く名前を呼ぶと身体を強ばらせ、一瞬、怒られるのを恐れる昔となんら変わらない表情をした。大きくなっても同じであるのに、私の知らないことばかり言うのは何故だろう。

「あ、あんたなんか……あんたなんか俺たちの親でもないくせに!」
「兄さん!」

怒鳴る兄の声を聞き付けたアルフォンスが慌てて呼ぶと、エドワードは唇を噛み締めこちらを一睨みし自室に駆けていった。

「ロイ兄、兄さんどうしたの?なんであんなこと……」
「進路のことを話し合っていただけだよ」
「此処、全寮制の学園、兄さんが?」

エドワードが忘れていったパンフレットを見て、次いで私を見る。不安そうに揺れる瞳。弟を不安にさせてはダメだろう、エド。安心させるように頭を撫でてやるが、一番動揺しているのは自分だ。

「エドワードは自分で決めたんだな」

そう、彼が自分で決めたんだ。理由はどうあれ彼の意志。
もう子供じゃないのだろう。存外、離れていってしまうのは淋しい。今まで、手放すことの辛さを知らなかった。

先の発言から、エドワードはずっとずっと赤の他人である自分に対してあんな想いを抱えていたことがわかった。何年も傍にいて、彼らの本当の家族になったと自分は思い上がっていたのか。
それでも、過ごして笑い合った日々が虚像だとは信じたくない。

しかし、応援して、見送るのが大人として保護者として自分がやるべきことだ。そうだろう、ロイ・マスタング。




次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ