短編

□どうしたら彼に俺が届きますか
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「大佐っ……!大佐!たいさぁぁ……っ」


呼んでも、振り向かない。
追い掛けても、追い付けない。
手を伸ばしても、届かない。
声が聴きたくても、聴こえない。










どうしたら彼に、が届きますか?










「ぅ…っ、……っ」
「──エドワード?」
「……ぇ?……うわぁ!?」


ぼんやりとした意識は、己の名前を呼ばれたことと今の状況により一気にクリアになった。エドワードの状況といえば、彼の名前を呼んだ人物がすぐ間近にいて、しかも椅子に座っていたということ。あまりの近さに驚いて椅子から落下した。痛む腰を擦りながら驚く人物を振り仰いだ。先程までの光景は夢か。ここに来てやっと気付いた。


「うわああごめんロイさん、居眠りしてたみたいで……」
「いや、中々可愛い寝顔だったよ。それより大丈夫?腰……と、怖い夢でも見た?」
「え……?」


ロイと呼ばれた人物が苦笑しながら問い掛けるとエドワードは首を傾げた。涙と言われて目尻に触れてみると濡れた感触。慌てて袖口で拭い笑ってみせた。


「大丈夫です。なんかよく覚えてないし」
「そうかい?じゃあ、今晩は安らかに眠れるお呪いをあげる」


目に掛かる前髪を掻き上げると露になった額にロイは口付けた。されたエドワードは僅かに目元を赤くさせた。


「俺、ガキじゃない」
「可愛いよ」


子供にするみたいにぽんぽんと頭を撫でられ、羞恥から逃れようと慌てて話題を切り替えて討論を始めた。元々この場に二人がいるのは研究についての問題とそれの解決の為の話し合いだったのだが、所用で遅れたロイを待つ間にエドワードは眠りに堕ちてしまったのだ。どれくらい時が経ったのかは時計がなくてわからなかったが時間は限られているのは確かなのだ、戯れに話をしている場合ではない。

二人の論議は数時間に及びようやく決着が着いた。ロイに送ると言われたがそれは断り、一人夜の道を歩いく。星の瞬きを眺めながら記憶の断片を手繰りよせ先程の夢について考えてみた。

本当はしっかりと覚えていたし、あの恐怖は今考えても背中が寒くなり泣きたくなる。
恐らく、夢の原因はロイだ。


「……大佐」


呟きは、ミュンヘンの夜空に消えた。










「ただいま」
「おかえり、遅かったね」
「だってロイさん強情なんだぜ!俺が違うっつってんのに」


出迎えた弟に自分が悪いのではないと主張してみると僅かに苦笑された。


「それは兄さんもでしょ」
「そんなことないぞ。あ、そっかとか言ってロイさんところどころ情けないし」
「なんだよそれ。……兄さんはさ、ロイさんのことさん付けで呼ぶんだね」
「お前だってそうだろ」


ロイという研究者は二人とも面識と親交があり、年上なのだから敬称を付けるのは当たり前だ。しかしアルフォンスは兄の呼び方に違和感を覚える。別の人物だが、同じ名前同じ容姿の男のことを兄はそんな風に呼んだことはないからだ。


「でもなんか、変」
「……だってさ、あの人は大佐じゃないんだぜ」
「うん、わかってるよ」


でも、と弟の目が言っている。


「……わりぃ。疲れちまったみたいだからもう寝るな。おやすみ」
「おやすみ、兄さん」


さっき昼寝したのに睡眠が必要だなんて嘘だった。これ以上弟に言及されたくなくて足早に自室に入った。ベッドに潜り込むも、当然睡魔は襲ってこない。目を瞑ってみても駄目だった。


「……違う、違うんだ」


エドワードは自分に言い聞かせるように呟く。

夢の中の自分は必死に彼を追いかけていた。
何故かはわからないが、どうしても追いかけなければならなかった。追いついたらなんと声をかけるつもりだったのか思い出せないけれど、大事な事を言いたかった。手を差し伸べて欲しかったのに、無常にも止まってはくれなかった。せめて声だけでも聞けたらよかったのに。


「声……?」


ふと気付いたが、彼の声はどんなだったのか。思い出せない。あんなに好きだったのに。あんなに脳裏に焼きついていたのに。どうして忘れてしまったんだろう。次に彼に会った時にどうすればいい?


「ぁー……もう、会えねーんだった」


どうしようもない虚しさがエドワードをじわじわと襲う。いつまでも全てをそのまま記憶しておけるほど人間の頭脳は優秀ではない。忘れたくない事でも時間が経てばどんどん忘却していく。断片的なものになり、知識は残っても、視覚や聴覚や触覚で感じたものは次第に思い出せなくなる。繋ぎ止めようとしてもそれはどんなものだったのか、どんな声でどんな感触だったのか、鮮明に思い出そうとすればするほどわからなくなってきた。


「ロイさんは……大佐じゃない」


あまりにも彼らは似過ぎている。
エドワードの元居た世界、この次元ではないこの世界とよく似た世界。その世界にはロイ・マスタングという人物が居た。彼はエドワードにとっては弟の次に、家族の次に大切な存在だった。なにものにも代えられないなんて言わない、命を投げ出さなくていいくらい大切だった。その存在は大きかった。守らなくていい彼は、エドワードにしてみればとても安心できる存在。気兼ねなんか必要ない間柄。だいぶ支えられていた自覚はある。その存在に甘えてもいた。お互い、直接相手を助けたり守ったりはしない割り切った関係だったが、とても大切で、抱き締めあった。気持ちは同じだったと思う。家族の次に大切だけれど一番好きなのは、彼だった。


「……たいさ」


会いたい気持ちは募る一方だけど、会えないのはわかってるからなんとか記憶は忘却させたくなかった。忘れてしまうのは悲しい。だって母親の声も忘れてしまった。どうして形に残せないんだろう。写真のように形があればいいのに。


「たいさっ……」


呼んでも呼んでも、誰も答えてくれやしない。ましてや彼が来てくれるはずもない。こんなにも想っているのだからこの気持ちが相手に届けばいいのにと思う。もどかしさに歯噛みするしかエドワードにはできない。


「……ロイ、ろい……っろ、ぃ……」


枕を握り締めて弟に気付かれないように息を潜める。後悔はしていないのだから弟に知られてしまえば余計な心配をさせてしまうのは分かり切ったことだ。


「エドワード」
「っ、」


呼ばれて初めて人の気配を感じた。覚えのある声、まさか。


「たいさ……っ」
「え?」


反射的に扉を振り仰いだら男がいた。
エドワードは次の瞬間背筋が冷えるの感じた。


「ぁ……ろ、いさん……?」
「また怖い夢見た?」
「どうして……」
「なんだか、泣き顔ばかり見てるね」


茫然とするエドワードのベッドに腰を下ろしてゆっくりと頭を撫でる。


「どうしてロイさんが……」
「君に呼ばれたから、かな」


笑みを浮かべるロイの顔をエドワードは凝視した。
何を言おうか唇は迷い開いては閉じる。


「なんてな。君の忘れ物を届けに来たんだよ。これが無きゃ明日困るだろ?」


そう言って差し出された紙の束は確かにエドワードの物だった。明日必ず必要なものだったから、正直助かったが、彼にはこのタイミングで会いたくなかった。


「アルフォンスに頼んで帰ろうとしたんだけど、顔見たくなっちゃって。声が聞こえたから起きてると思って。名前が聞こえ」
「違う……」


ロイの言葉を遮りエドワードは否定した。何が違うのか、よくわからない。


「違う、ロイさんじゃないんだ……ごめんなさい」
「そうか。謝らなくていいんだよ」
「ごめんなさい、ロイさん……」


ごめん、大佐。
心の中でもう一人に謝った。声は全然違うのに声で判断してた、一瞬でも求める人だと疑わなかったから。
違うとわかっているが否定する記憶が曖昧だった。


「エドワードを泣かせるロイってのは碌でもない奴だな。妬けるな」
「本当に……この名前碌な奴いないや」
「どういう意味かな?」
「ロイさん自分がまともな人間だと思ってる?」
「ははは」
「否定しないんだ」
「まともではないよ。こんなに君を抱き締めたいから」
「気障だね」
「なんとでも」


ロイはエドワードを抱き締めた。彼の腕の中でエドワードが思うのは嫌悪感がないことへの疑問。どうかしてしまった自分への腹立たしさ。


「ロイさん、俺子供じゃないよ」
「そうかなぁ、泣き虫エドくん」
「……無能」
「!?な、なんで!?」
「あははっ」





二度と届かないところにきた

もう俺の声はアンタに届かないし、
アンタの声も俺に届くことはないだろう

この先、彼を見るたびにアンタを思い出すだろうけど

声は忘れてしまったから
夢の中にでも出てきてくれたら
嬉しいよ、大佐



もう手を伸ばすことはしないと思うけど
行ってしまわないで
どんなに距離があったって
背中を向けずに
こちらを向いて笑ってほしい












END

……アニメ化記念、調子こきました
大佐は大川ロイで、ミュンロイさんは三木ロイをイメージしました
三木ロイはすごくヘタレなイメージ(笑)そしてキザ(笑)
大川ロイは過去の人なんです…!!

あの、わけわかんないかもしれないけど自己満足なんで気にしないでくださいー




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