猿に首輪(仮)
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「……ルビィ、君、今何て言ったんだい?」
ルビィの発言に、理事長は一度手の動きが止まった。何度か瞬きを繰り返し、そしてゆっくりと書類を机に置いた。
「だから、あたしはこの学園をやめるって言ったの、おじいちゃん」
「やれやれ、歳をとったせいで耳がおかしくなったかと思った」
「おじいちゃんはまだまだ健康よ」
こんな、見ず知らずの田舎者の小娘を「おじいちゃん」と呼ぶようにと強要するくらいなのだ。破格の学費が免除になる代わりに、ルビィが入学する条件に『理事長のことを「おじいちゃん」と呼ぶ』こと。それだけだ。自分に男の孫は沢山いても、女の孫がいないからが理由らしい。
この老人は長生きする。
ルビィはそう思う。
「そうだね、この前の健康診断でも異常は見つからなかったからね」
「でしょ。だからおじいちゃんが聞き間違いとか耳がおかしくなったとかじゃないの」
「じゃあ、どうして急に?まだ半年しか在籍していないよね。成績が悪いとか、学費が払えないとか、そんな理由はありえないし。もしかして、ご家族が―――それはないか」
「えぇ、村の皆は快く送り出してくれたわ。それに、今のところあっちに問題も無いみたいだし」
「なら何故?」
「―――“七ツ星”になれないから」
「―――」
その一言で、理事長は悟ったみたいだ。
開きかけていた口が、閉じる。
「そうでしょ?名誉ある“七ツ星”を田舎の小娘に渡すなんて、周りが黙っていないでしょ?実際にもう……」
「ルビィ、それは私の責任だ。周りの貴族たちを説得できていない私が悪い。申し訳ないが、もう少し待ってくれないか?」
「無理。だって、貴族の汚いところ見ちゃったもの」
「貴族の世界にいきなり庶民の君を放りこんで辛い思いをしていたのは知っている。貴族は庶民を下に見がちだ」
「えぇホント。そんな庶民があっという間に“六ツ星”になったのも、ホントは嫌な気持ちだったんでしょ?むしろ、よく“六ツ星”にまでなれたと思ってるの。だから―――」
ルビィは外套の内側から一つの封筒を取り出し、理事長の机の前にまで持って行く。
理事長に文字が見えるように封筒を差し出す。
『退学届』
「―――」
「今までありがとうございました。デマントイド・グリーンストーン様」
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