猿に首輪(仮)

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 4‐1

「ルビィ!そっちに行ったぞ!」
はるか前方からブラッドの怒声が聞こえた。
「えぇ……分かってる!」
何かが草木を荒々しくかき分けながらこちらに近づいてくる音が大きくなってきた。
それに合わせて、ルビィは“三ツ星”のバングルに魔力を込める。
「“デュモルチェライト、錬成、ハルバード、”」
ルビィの呼びかけに応じて、周囲の風が集まり、簡単にルビィの背丈以上の長さの槍斧、ハルバードが作り出された。
風を集めて錬成したものなので、見た目以上に軽く、振り払うだけで風の刃を前方に飛ばすことが出来る魔装だ。
完成したと同時に茂みから魔物が飛び出してきた。
毛深い猿のような魔物だ。
崖の手前で待ち構えていたルビィは、逃がさないとばかりにハルバードを握り直す。
大した知能を持っていないこの魔物は、逃げ道を誤ったことなどに気づかずルビィに向かってくる。お構いなしだ。
「“ジルコン、風を集めて、”」
槍の矛先を魔物に定めた後、魔術で一気に加速する。
軽く蹴るだけで、一気に魔物に詰め寄った。
猿の魔物は、人に例えるならば目を点にしたかのような顔でルビィの動きに対処出来なかった。
「これで―――二十九!」
きちんと数えていたので数は間違ってはいないはず。
避ける隙を与えず、二十九匹目の魔物を串刺しにした。
まっすぐに心臓の位置に突き刺し、仕留める。
(よし、あと一匹)
目標の三十まであと一匹。
最後の一匹がどこにいるか、ハルバードを抜きながら探していると、だ。
ギィイイイイーーーっと荒々しい雄たけびをあげてルビィの左側の茂みから最後の一匹が飛び出してきた。
「!?」
さすがにこの一匹には気づかなかった。
すぐさま対処しようと頭では思うのだが、ハルバードが抜けない。
この場でとどまるのはまずいと判断したルビィはとっさにハルバードから手を離した。
風の魔術は生きているので、魔物の爪から寸でで避けることには成功した。
この魔物はかなり素早い動きをするので厄介だ。
頭は悪いので奇襲には弱いが、いざ正々堂々の勝負となったらまずい。
あらかじめ準備できていたら問題無いが、詠唱する暇が無い。
風の魔術が生きていて良かった。
これで時間が稼げる。
と言っても、この状態でスピードはほぼ互角。
詠唱なしで、爪や牙の物理攻撃をしてくる魔物に対し、ルビィは適度に詠唱しなければ攻撃手段はない。
避け続けながら魔術を展開しなければならない。
簡単そうに思えて、これが結構難しい。
だからこそ―――面白い。
最後の一匹となった魔物が猛攻を仕掛けてきた。
鋭い爪だ。
捕まったらひとたまりもないだろう。
それをギリギリで避ける。
「“アズライト、”―――」
なんだかんだと楽しみながらも次の魔術の詠唱を始めた時だ。
何か、魔術の気配が横から感じ取ったルビィは大きく後ろに跳んだ。
と同時に、崖のほうから複数の氷の刃が魔物に向かって飛んできたのだ。
予想外の方角からの魔術に、最後の一匹は成すすべなく魔術の餌食となった。
「……」
予想外なのは魔物だけでなく、ルビィもだった。
暫くぽかんと呆れていたが、刃が飛んで来た方角を見ると―――。
「スフェン先輩」
ここの崖からでは遠くて姿が小さく見えるが、反対側の崖からどこかホッとしたような表情を浮かべているスフェン先輩の姿を確認したのだった。


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