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□些細なおしゃべりで
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"運命"だなんて、照れくさくて言えないけど"縁"は確かにあったと思う。

会社の先輩から歓迎会するからと連れてこられた飲み会。二次会で入ったのは小さいけど雰囲気がオシャレなお店だった。お酒は好きだけど嗜む程度、だけど飲みの席は正直苦手。社会勉強だと思い参加はしてみたが、酔った勢いでべたべたと絡んでくる先輩方を内心嫌悪していた。

(あ。らっきー)
私ちょっとお手洗い!と逃げるように席を立てばその間に私の席には同期入社の女の子が座っている。ついでにその横には良い具合にお酒の回った男の先輩がいて、お酒の力でイチャこらしてる2人の姿に(これは良い休憩時間)と思い、空いていたカウンター席に座り込んだ。

「戻らねぇの?」
突然かけられた声に顔をあげれば、白…いや銀色?の髪に顔半分を覆う大きな眼帯が印象的な背の高い"店員さん"が近くにいた。
「あ…ごめんなさい、退いた方が良いですよね」
貸切では無い店内。だけどほとんどの席を私たちが陣取っているおかげで他のお客さんは見当たらない。だけど、空いているカウンターまで使い始めたらさすがに迷惑が掛かると思い慌てて離れようとしたが「別に構わねェよ」とあっさりとここにいる許可をくれた。

今にして思えば、本当に色んな偶然が重なったんだと思う。
「あれ、旦那どうしたの?」
店内を忙しく歩き回ってた店員さんがカウンターに戻ってくるなりそう言えば「政宗に追い出された」と返す店員さん。そんなやり取りを見ていたら茶髪の店員さんは私の視線に気付いて「ゆっくりしてってね」とにこりと笑って厨房へと入っていった。
「なんだ?"つまんねぇ"って顔してるな」
目の前の店員さんから言われた言葉にそんなに顔に出てたのか、とぼんやり考えてしまう。
「あんまり飲みの席が得意じゃないんです」
店員さんが出してくれたお水を手にそう答えれば、さも当たり前のように「断りゃいいじゃねぇか」と返された。
「新入社員は断れないもんなんですよぅ。そんな簡単に言わないで下さい」
膨れたフリをしながらそう言い返せば店員さんはくつくつ笑いながら「そりゃ仕方ねぇな」と苦笑いのような笑みを浮かべていた。
「じゃあ次来る時は"飲み"じゃなくて、飯食いに来いよ」
「へ?」
「なんかうまいモン喰わせてやっから」
さらっと言われた言葉に、思わず顔が緩む。
「それって、オニーサンが作ってくれるんですよね?」
「当たり前だろ」
「ほんと?ちゃんとあたしの事覚えてて下さいよー?」
「わぁってるさ。お前こそ覚えてろよ」
そう言ったお兄さんが、自分と同じように笑みを浮かべてくれたことがなんだかすごく嬉しかった。
「あ、そうだ」
ふと思い出したのは胸ポケットに入れっぱなしの"ある物"。「私、今日名刺もらったんです」とまだ傷一つついていないシルバーのケースを取り出し、そこから自分の名前が印字された名刺を一枚取り出した。
「へぇ」
「せっかくだからお兄さんが最初の1枚貰ってくれませんか?」
ちゃんとした出し方なんてまだ知らない。だけど店員さんは名刺を受け取ると、にっと口角を上げてくれた。
「"長曾我部 元親"」
「ちょう、…そ?」
「"元親"」
「モトチカさん」
私の声に満足そうな顔を浮かべた店員さん…もとい、元親さんは「近いうちに来いよ」と言い残すと厨房へと入ってしまった。教えてもらった名前をもう一度頭の中で思い返せば、なぜかずっと前から知っている人みたいにすんなりと自分の中に馴染んでいくようだった。


2014.05.09.加筆修正


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