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□校舎裏
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この学校の校舎の裏には小さな中庭がある。人が頻繁には出入りしないけど、手入れが行き届いてない訳でもない。体育館や武道場にむかう人たちがたまに通るぐらい。
部活には入っていない私はもちろんあまり足を踏み入れることがなく、

「呼び出して、ごめんね」
「あ、いや・・・だいじょぶ・・・」

放課後になったタイミングで目の前の人に呼び出され初めてこの場所に立った。

「あー・・・っと、俺のこと知ってる?」
「えと、たしか2、組?」

そうそう、と緩く笑って頷く目の前の人。別のクラスで、なにか運動部だったはずで・・・たまに廊下ですれ違うくらいで、正直なところ何も接点がない人だ。
そんな人がいったい何の用だ?と訝しげな態度になってしまうのは仕方ないと思う。

「単刀直入に言うけど」
「はい」
「名字さんのことが気になってます」
「・・・はぁ、」
「いきなり「付き合って」ってさすがに言いたくないから」
「・・・・・・はぁ、」

まずは仲良くなりたいな、となかなか爽やかに告げられる。
間髪入れずに、嫌じゃなければ携帯教えて。と告げられ、良いのか嫌なのか良くわからないまま断る理由が見つからず

(・・・ナンパなんてはじめてされたなー)

なんてぼんやり思いながらも携帯を交換した。

部活終わったら連絡入れるね!とこれまた爽やかに告げられ、彼は颯爽と部活に向かってしまったわけだけども

(・・・なんか、よくわかんない・・・)

一人中庭に取り残されると、よくわからないモヤモヤした感情が生まれている。いつもと同じようにいつもの場所に向かう気分にもなれず、かと言って家に帰る気分にもならなかった。
手入れされた花壇の近くに小さなベンチが置いてあり、今日はここで課題でもするか、とゆっくり腰をおろす。

初めて来た中庭は運動部の声が遠くに聞こえるぐらいで、とても静かな場所だった。校舎と校舎の間だから風が通り抜け、太陽の傾きのおかげで薄暗いわけでもない。

かりかりとノートにペンを走らせるが、先ほどのことが頭を過り心の中にはその都度、もやもやとしたものが広がっていく。

私はどうすれば良かったんだろう。
付き合いたいと言われていれば、あなたのことをよく知らないから、と断れていたと思う。しかし仲良くなりたいと言われただけだった。
向けられる好意が嫌なワケではないし、むしろ嬉しかった。・・・驚いたけど。

「あーもー、わかんなーい」

集中しきらない課題から目を離し、シャーペンを鞄の中に投げ入れる。足を投げ出しベンチの背もたれに体をあずけると、校舎の隙間から見える空を仰いだ。

「なんだ、珍しいな?」
「・・・?」
「でっけぇ独り言が聞こえたからよ」
「せんせい・・・」

声の聞こえた方に視線を向ければ、缶コーヒーを片手にベンチへ近付いてくる先生の姿。そうか、中庭に面した校舎は理科準備室のある校舎であることを忘れていた。

「ほら」
「え」
「ちったぁ休憩しろよ」
「ぇ、あ、ありがとう、ございます・・・」

小さな缶のカフェオレを私に渡し、先生は自分の缶コーヒーを一口飲み、私が座っていたベンチへと腰をおろした。

「で?」
「え?」
「でっけぇ独り言言うぐらいにわかんねぇことがあったんだろ」

深刻さなんて微塵もなく、寧ろからかうような先生の表情に今更ながら恥ずかしくなり、思わず「や、あの・・・なんでもないです」と、もらったカフェオレで誤魔化した。

静かな中庭が更に静かになった気がする。
さっきの人がどんな人かは確かに知らない。もしかしたら嫌な人かもしれないし、これから仲良くなるのかもわからない。そんなに積極的ではない自分の性格もあいまって新しい出会いには不安が大きくなるだけなのもわかってる。

「まぁ、なんだ・・・」
「・・・?」
「あんま考え過ぎるなよ」

黙り混み、一人悶々と考えこんでいたからか先生はそれ以上は追及してこない。もし、私がさっきの人の立場なら、気になる人に「仲良くなりたい」とちゃんと相手に伝えられるのだろうか。正直なところ、そんな勇気は私にはないと思う。
だけど、どうしてもその人のことを知りたいと思ったら?先生のことを、もっと知りたいと思ったら?

「あの、先生」
「うん?」
「私・・・」

手の中でカフェオレの缶をもてあそぶ。1秒がすごく長く感じたが、先生は黙って次の言葉を待ってくれていた。

「・・・私、先生と」
「おう」
「先生・・・と、もっと話がしてみたいです」

視線は手もとのままだったけど、これが私の精一杯。なんだか恥ずかしくなり飲みかけだったカフェオレを一気に飲み干した。

「名字?」
「・・・わ、わたし、かえります!」

きゅ、と口を結んで拡げたままだった課題をばたばたと鞄に詰め込む。突然の行動に先生は驚いているみたいだけど、こちらはもう余裕もなにもない。

「お、おう、とりあえず気を付けて帰れよ」
「はい。カフェオレごちそうさまでした!」

ぺこ、と頭を下げ軽く駆け足でその場から離れる。離れる、と言うよりは逃げたに等しい離れ方だったけど。
学校の敷地を出ると、上がった呼吸と顔を熱さに気がつく。私にしては頑張った方だと思うし、悪いことは言ってない。
まだモヤモヤした気分は燻ってはいるけど、先ほどまでの漠然とした不安は小さくなっていた。





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