北風と太陽
□プロローグ
2ページ/7ページ
「……………誰?」
夕方、自室でうとうとしていた八月朔日が物音に気付いて共有スペースに続く戸を開けると、そこには見知らぬ少年がいた。
寮の部屋は全てオートロックだ。だから、他人がソファー寛いでいるはずがない。
だが、実際居るということは、入る手段があったということだろう。
先日担任の言っていた同室者かもしれない。
そんな事を考えているのかどうなのか、八月朔日の半分寝ているような、どこかぼんやりとした表情からは判断がつかない。
彼一流の茫洋とした調子で声をかけられた件の少年は、ビクリと肩を震わせ、続いて勢いよく振り返った。
「わっ、びっくりしたぁ〜。何時からそこにいたんだよ!? ……つかあんた誰?」
「………この部屋の住人」
少し考えれば分かりそうな質問に、八月朔日は律儀に、しかしかなり端的に答えた。初対面であんた呼ばわりされた事も気にしている様子はない。
……単にどうでもいいのかもしれなかった。
「え? マジで!? 俺は今日からお前の同室者になる煮雪永遠(ニユキ トワ)。よろしくな! 永遠って呼んでくれ」
少年――煮雪はその場で立ち上がってそう巻くし立てると、ニッコリと笑って右手を差し出した。
その笑顔は中々に可愛らしかった。少なくとも、世間一般ではそう評されるだろう位には。
思わずこちらも笑い返してやりたくなる様な、そういう笑顔。
だが…
「…………そう…」
ぽつり、と。
吐息と共に溢された八月朔日の返答は、いたくそっけなかった。どう取れば良いのかさえ曖昧な程に短い。
これに煮雪は戸惑った。
今まで、自分がこうして手を差し出せば、みんな握り返してくれた。
笑いかければ、笑い返してくれた。
『よろしく、永遠』って…
なのに、なぜ……?
煮雪の戸惑いをよそに、八月朔日はするりと煮雪の脇を通り抜け、共用スペースを通過してそのまま玄関から出て行った。
パタン、と戸の閉まる音が、静かな室内に虚しく響いた。
.