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□道化の願い
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初恋は成就しない。
その言葉を、俺は今痛いほど噛み締めている。








「慶くん、おかえりなさい」

にっこりと笑うその人は、とても俺より18も年上にはみえない。精々その半分だ。この人は不思議なくらい歳をとらない。

「………ただいま」
「晩御飯出来てますよ」
「…………食べる」

じゃあ直ぐに準備しますね、と言って台所へと消える背中をただ黙って見送った。

きっとあの人は思いもしないだろう。俺が今貴方を後ろから抱き締めたいと思っていたなんて。
押さえつけて無理矢理にでも口づけたいと、思っているなんて。


俺は貴方に欲情してるんだ。一人きりになってしまった俺を救ってくれた、養父である貴方に。
何時からか愛していた。親愛や敬愛などではなく、一人の人間として。





けれどこの想いは叶わないのだと、気付いてしまった。

あの人が愛しているのは、俺の父なのだと。


例えばアルバムを捲る時
例えば学生時代の話をする時
例えば不意に俺と目を合わせた時


此処ではない何処か別の場所に、別の人物に、愛しいものに想いをはせているように見えた。
そして気付いた。
写真に写っているのは、話の中に出てきたのは、父だったと。
俺を通して、一体誰を見ていたのかも。



その時俺は恋を自覚し、同時に失ってしまったのだ。



だって勝てる訳がない
(死んでしまった人間に)

父は死んだ事で、あの人にとって永遠になってしまった
(愛しているのに。こんなにも、愛しているのに)

無理矢理奪う事も出来ない
(あの人に拒絶されたら生きてゆけない)



だから結局俺は、道化を演じる事しか出来ない。
愛しているから、同じ想いを返して欲しいから、本当は全部欲しいけれど。


いい子にするから、多くは望まないから、どうかどうか、側にいさせて。


ずっと側に、いたいんだ。



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