短編

□音
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消えそうなほど弱い光が、

  戦士たちを僅かに照らした。







戦人たちのレクイエム
-middle of desert-



 ランタンの火力を最小限まで弱めて、その周りを囲む人影があった。

「日の出まで、あとどれくらいだ」

「恐らく、三時間ほどだ」

 時計などとうの昔に無くしている彼らは、感覚的な時間の計り方をしていた。
 頼れるのは後、空腹感のみ。
 ――だった。

「もう、無いな。メシ」

 非常食のチョコレート缶も、すっかり空になって彼らの足下に転がっていた。

「はは、チョコなんて元々メシじゃねえだろ」

「まあなー」

「これじゃ、腹時計は一気に狂うな」

「言うなって。腹が減る」

「確かに」

 彼らは言い合って、笑った。
 そんなに元気よくはなかったが、彼らの孤独感を癒すには十分だった。

 ふと、一人が脇に目をやった。
 そこに横たわる“もう一人”を見た。

「…消えたら、開始な」

 そして言葉を零す。
 仲間たちが神妙な面持ちで頷いた。


 彼らはそれきり、沈黙していた。


 ランタンの炎が揺れる。
 もう、ミリ単位ほどしか長さがなかった。

「……なあ、」

 一人が口を開いた。

「…一服しないか」

 皆が注目して、少し考えて、頷いた。

「いいな」

「賛成」

「久しぶりだなあ」

「急げ、ランタンが消える」

「ライターはランタンか」

 声が飛び交う。

 一人は横たわる“もう一人”の内ポケットから煙草の箱を取り出した。

「…汚れてないのか」

 別の一人が聞く。

「ああ。服は返り血だらけだから心配したが、大丈夫そうだ」

「ほう」

「しかし、俺らも相当浴びてるな」

「ああ」

「せっかくのデザート模様が台無しだ」

「デザートとか言うな、腹が減る」

「そのデザートじゃねえだろ」

「わかってっけど」

 兵士ゆえ浴びた赤黒い死者の呪いは、冗談めいても和らぐことなく彼らを苦しめる。
 だから、彼らはすぐに沈黙した。

 そして、煙草を一本ずつ取って、箱を回していった。

「おい、隊長はどうする」

 最後に煙草を取った一人が、横たわる“もう一人”を見た。

「火付けて置いとこうぜ」

「だな」

 彼らは順に、ランタンの火で煙草に着火していった。
 すごく小さい火だから、慎重に。

 やがて、最後が付け終わって、隊長の胸元に煙草が置かれると、

「じゃ、明日からも頑張ろうぜ」

 一人の音頭に、皆がおう、と煙草を掲げて、一斉に吸った。
 隊長だけは、微動だにしなかった。


 彼らは無言で煙の味を堪能する。
 もう何年ぶりか。

 そんな想いに浸っていると、あっという間に煙草は僅かに先を残すばかり。

 同時に、ランタンの炎がついに、ふっと消えた。

 闇が一瞬で流れ込んで、煙草の炎が点々と光るだけ。
 その光が、一つを除いてふわっと垂直に上がった。

 がちゃがちゃと重い金属の音が鳴って、革の張る音が響く。

「じゃあ、行くか」

 立ち上がって、銃を背負い、ヘルメットを被った彼らは、互いに頷いた。
 相手のそれは、炎の上下で確認した。

 最後に、彼らは煙草を落とすと、隊長のを含め全て踏み消した。

「…埋めるぞ」

 その一言で、彼らの存在した証を消しにかかる。

 煙草とチョコレート缶を埋めた彼らは、最後に、隊長を囲って覗き込んだ。

「では、我々は、任務を続行するであります」

 そう宣言すると、



「敬礼!」



 簡略ながら、敬意を指先の端まで込めて空を切る。

「お世話になりました、隊長」

 そして彼らは、隊長に砂をかけ始めた。


 今朝被爆した、首の無い、彼らの恩師を――





 戦人が戦地で一服するとき、それは彼らの再会を諦めたとき。

 そして、死ぬ覚悟を決めたとき。



 本部から通信が途絶えて四年。

 たった数人で結成された部隊は、ついに敵陣に乗り込みを決意する。

 頭だけが還らぬ部隊など、頭に失礼極まりない。
 戦人として、仲間として、散るときは皆散るべきなのだ。

 それならば、本望というものだ。





 奏でられる死のメロディ。
 沈む魂。
 鎮まる魂。

 消し飛ぶ仲間を見ながら、
 散りゆく仲間を見ながら。

 銃弾などいらぬ。
 この身と爆薬で、


 我々は、最期に人を殺す――










     requiem fin.
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