短編
□音
2ページ/6ページ
消えそうなほど弱い光が、
戦士たちを僅かに照らした。
戦人たちのレクイエム
-middle of desert-
ランタンの火力を最小限まで弱めて、その周りを囲む人影があった。
「日の出まで、あとどれくらいだ」
「恐らく、三時間ほどだ」
時計などとうの昔に無くしている彼らは、感覚的な時間の計り方をしていた。
頼れるのは後、空腹感のみ。
――だった。
「もう、無いな。メシ」
非常食のチョコレート缶も、すっかり空になって彼らの足下に転がっていた。
「はは、チョコなんて元々メシじゃねえだろ」
「まあなー」
「これじゃ、腹時計は一気に狂うな」
「言うなって。腹が減る」
「確かに」
彼らは言い合って、笑った。
そんなに元気よくはなかったが、彼らの孤独感を癒すには十分だった。
ふと、一人が脇に目をやった。
そこに横たわる“もう一人”を見た。
「…消えたら、開始な」
そして言葉を零す。
仲間たちが神妙な面持ちで頷いた。
彼らはそれきり、沈黙していた。
ランタンの炎が揺れる。
もう、ミリ単位ほどしか長さがなかった。
「……なあ、」
一人が口を開いた。
「…一服しないか」
皆が注目して、少し考えて、頷いた。
「いいな」
「賛成」
「久しぶりだなあ」
「急げ、ランタンが消える」
「ライターはランタンか」
声が飛び交う。
一人は横たわる“もう一人”の内ポケットから煙草の箱を取り出した。
「…汚れてないのか」
別の一人が聞く。
「ああ。服は返り血だらけだから心配したが、大丈夫そうだ」
「ほう」
「しかし、俺らも相当浴びてるな」
「ああ」
「せっかくのデザート模様が台無しだ」
「デザートとか言うな、腹が減る」
「そのデザートじゃねえだろ」
「わかってっけど」
兵士ゆえ浴びた赤黒い死者の呪いは、冗談めいても和らぐことなく彼らを苦しめる。
だから、彼らはすぐに沈黙した。
そして、煙草を一本ずつ取って、箱を回していった。
「おい、隊長はどうする」
最後に煙草を取った一人が、横たわる“もう一人”を見た。
「火付けて置いとこうぜ」
「だな」
彼らは順に、ランタンの火で煙草に着火していった。
すごく小さい火だから、慎重に。
やがて、最後が付け終わって、隊長の胸元に煙草が置かれると、
「じゃ、明日からも頑張ろうぜ」
一人の音頭に、皆がおう、と煙草を掲げて、一斉に吸った。
隊長だけは、微動だにしなかった。
彼らは無言で煙の味を堪能する。
もう何年ぶりか。
そんな想いに浸っていると、あっという間に煙草は僅かに先を残すばかり。
同時に、ランタンの炎がついに、ふっと消えた。
闇が一瞬で流れ込んで、煙草の炎が点々と光るだけ。
その光が、一つを除いてふわっと垂直に上がった。
がちゃがちゃと重い金属の音が鳴って、革の張る音が響く。
「じゃあ、行くか」
立ち上がって、銃を背負い、ヘルメットを被った彼らは、互いに頷いた。
相手のそれは、炎の上下で確認した。
最後に、彼らは煙草を落とすと、隊長のを含め全て踏み消した。
「…埋めるぞ」
その一言で、彼らの存在した証を消しにかかる。
煙草とチョコレート缶を埋めた彼らは、最後に、隊長を囲って覗き込んだ。
「では、我々は、任務を続行するであります」
そう宣言すると、
「敬礼!」
簡略ながら、敬意を指先の端まで込めて空を切る。
「お世話になりました、隊長」
そして彼らは、隊長に砂をかけ始めた。
今朝被爆した、首の無い、彼らの恩師を――
戦人が戦地で一服するとき、それは彼らの再会を諦めたとき。
そして、死ぬ覚悟を決めたとき。
本部から通信が途絶えて四年。
たった数人で結成された部隊は、ついに敵陣に乗り込みを決意する。
頭だけが還らぬ部隊など、頭に失礼極まりない。
戦人として、仲間として、散るときは皆散るべきなのだ。
それならば、本望というものだ。
奏でられる死のメロディ。
沈む魂。
鎮まる魂。
消し飛ぶ仲間を見ながら、
散りゆく仲間を見ながら。
銃弾などいらぬ。
この身と爆薬で、
我々は、最期に人を殺す――
requiem fin.