短編

□不思議のアリスの国。
3ページ/12ページ

「……」

 認めたくなんてないわ。
 だけど――、

「わたし、アリスじゃ…ない?」

 ……嫌。
 アリスじゃなきゃ、アリスじゃなきゃ生きてゆけない。
 いつか逃げ出せるから、この世界で生きることにも耐えられる。
 いつか逃げ出せるから、その希望を胸にわたしは笑える。

 それが無くなったら、わたしはもう笑えない。
 母親にだって嫌われてる。
 だってわたしがアリスって名乗るから。

「……」

 アリスは空を見上げました。

 そうなのです。
 アリスには、母親がつけた“ちゃんとした名前”がありました。

 つまりは、アリスじゃないのです。
 アリスは、アリスじゃありません。
 ちゃんとした、名前があるのです。

 なのに、アリスはアリスだと言うのでした。

 でも、その確信さえ、今は揺らいでいます。


「……わたしは、アリス。――わたしは、」

 アリスじゃない。
 どっち?

 心が晴れない。
 雨雲が塞いで、今にも雨が降りそう。

 そう、今にも――。
 ほら――、

「……うぁ、」

 アリスの瞳から、大粒の涙が零れてきました。
 次々、まるで競争をしているように雫が頬を駆け下りていきます。

 堪えきれなくなって、アリスは下を向きました。

 ぐずぐずと、アリスが鼻をすする音が響きます。
 しばらく時が流れました。


 まだ、時は流れます。


 まだ、時は流れます。


 まだ――、


「どうして、泣いてるの?」

 雨に打たれているアリスの心に、傘が差されました。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ