短編

□雨の中で、
5ページ/11ページ

 無邪気な表情の彼女は、

「でも…わたしは、生きている意味を感じないのです」

 そんなことを言って。

「はぁ?ふざけんじゃねえよ!自分勝手に死ぬんじゃねえ!」

 オレは、彼女の腕を掴んで引き寄せた。
 彼女が、ビルの縁から遠ざかるように。

 待てよ。
 前もこんな風に、自殺を止めたことがある。
 そのときは確か、何て言ったか――

「けれど、私は、大事な人を失ったのです。だから、」

 思い出した!

「死んだんだろ、そいつは。…だったら諦めろ!」
「けど…」
「じゃあ、他に作れよ!オレだったら、喜んでお前の“大事な人”とやらになってやるよ!」

 急に恥ずかしくなった。
 ぼそり、付け足す。

「お前にだって、家族とかいるだろ。…それで、いいじゃんか」

 彼女の目が、大きく見開かれた。
 傘が滑り落ちる。


 あれ?なんか、見覚えが…
 この感じ…、

「…ねえ、」

 彼女が呟いた。
 刹那、記憶が大量に脳内に流れ込む。


 あ――、





         d・part1 fin.
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ