短編

□うみいろめもりぃ
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 豪華客船で世界一周。
 招待客は抽選で当たった十名。

 このとんでもなく強運の持ち主の中に、とんでもなく船酔いのひどい男がいた。

「うえ…やべえ、これは吐く…」

 男、悶絶中。
 今はパーティの真っ最中。

「でも参加しなきゃな…空気読め、だもんな」

 既に空気の読めていない男は、一人だけTシャツにジーパンだったのだが、そこはひとまず棚に上げておいた。

 だってしょうがない。
 彼、一般ピーポー(注・people。“人間”の意)だもの。

 周りのご婦人や紳士はみんな正装。
 当然お金持ち。

 だから浮いているのであって、それはいた仕方のないことだ。
 でしょ?

「ああ…もう無理…やっぱだめ」

 男は小声で呟いて、一人、甲板へ出て行った。


 夜風に当たると、少しばかり気分が良くなる。

 男は思い切り深呼吸をして、果てしない海を見た。

「暗いし…船の上じゃ海面まで高さありすぎて見えないな」

 何気なく男が言うと、

「何が?」

 そんな返答。
 脇に目をやると、長い黒髪をまとめた、妙齢の女性が立っていた。

「あんた誰」

「まあ、なんて下品な言葉遣い。誰だって構わないじゃないの。私だってあなたの名前、聞かないんだもの」

「ちっ。めんどくせえな、声かけてくんなよ」

「あら、いいじゃない。教えてよ」

 男は女性を一睨みした。
 渋々口を開く。

「……人魚、探してんの」

「へえ。どうして?」

 顔色も変えずに尋ねる女性に苛立ちを覚えながら、

「…『あたし、生まれ変わったら人魚になるんだ』」

 男はそう言った。
 女性はしばらく黙り、

「誰が、言ったの?」

 一言。

「……娘」

「そう……」

 女性はそう言って、海に目をやって、

「私の息子は、イルカになるって、言ってたわ」

 静かに言った。

 男は女性を見た。
 女性も男を見ていた。

「……探しましょうか」

 女性が、微笑む。

「…ああ」

 男が目を逸らす。


 二人はそれぞれ、それぞれの目当ての生き物を探しにかかった。

 明るい満月と、淡い星空の下で。


 暗い、海の中を、

  深い、記憶を辿って――

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