かけらことばのおんなのこ

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 今日はやまとの店での最後のアルバイトだ。

 やっと辞められる。
 もうあいつと顔を合わせずに済むと思うと、少しほっとした。

 初めの内は恥ずかしかった執事服も、慣れた手つきで袖を通す。

「よっし、やるか!」

 最後だと思うと自然とやる気が出て、俺は元気よく店に出た。

 が。

「おや。こんばんは。今日は元気が宜しいようで」

 目の前の不可解な光景に、やる気がすうっと萎んでいく。

「なんだよ、なんであんた……そんな所にいるんだよ」

「僕ですか?」

 やまとの奴が、カウンター席の客側に腰かけていたのだ。

 前にも言ったが、この店は奇妙にもカウンターとフロアを出入りすることができない。
 つまりバーテンダーはカウンターから出ることができないのだ。
 客側のカウンターテーブルに座るには、店の外から表に回り込む、もしくはカウンターを無理やり乗り越える必要がある。
 それを、やまとはやっているのだ。開店10分前に。

「お前以外に誰がいるんだよ」

「確かに。―――いやあ、実はねぎを買ってくるのを忘れちゃって。今から調達に行こうかなと」

「……は?」

「いや、だから長ねぎをね、三本ばかり」

「はああ?」

「なんです、玉ねぎなら納得ですかね」

「はああああ?」

「……気でも溜めてんですかね」

「何も撃たねえよ!」

 わざとなのかしらっとぼけるやまとに激しく苛立って、俺は声を荒げた。

「もうすぐ開店だろ?店はどうすんだよ、店は!」

「やりますよ?」

「10分でねぎ買って往復できるわけないだろ! 目の前に商店街があるからって、通りの一番端にあるんだぞ、八百屋は」

「確かにねえ。ちなみにあそこでは買わないのでもう少し時間はかかりますが」

「“ちなみ”じゃないだろそれ! 尚更どうすんだ」

「だって、あなたがいるじゃないですか。何も問題なんてないですよ?」
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