ときふるさと

□青砥といふ人
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 答えはなかった。

「……寡黙なお方だ」

 男はそう言って首を一振りすると、すっと体に力を入れた。

「それで勝ったと思わぬよう」

 男は一歩下がると、同時に首を少し傾けた。
 時頼が放った矢が顔の脇を抜ける。
 男は下げた足で踏み切って重心を前へ、体を乗せた勢いで時頼に殴りかかる。

 時頼は上体を後ろに反らして拳をかわし、そのまま後ろに倒れて足を高く蹴り上げた。

「くっ」

 男は体を横に捻って蹴りを何とかかわすと、地面に倒れ込んで横向きに一回転、身を起こすと同時に抜刀した。
 そして切っ先を時頼に向けようとして、その前に起きあがった時頼に肩からの体当たりを受けた。

「うわっ」

 男は一瞬怯んだが、すぐに後ろに左手をつくと当てられた勢いを利用して宙返り、体勢を立て直して刀を握り直した。

 時頼は少し離れた所に立っている。
 左手には弓を持ったまま、抜刀はしていない。

「……流石はお里様の護衛。お強い」

「……」

「しかし、抜刀する間を与えなかったという意味で、私も負けてはいない。と、考えても良さそうかな」

 男が言い終わるか終わらないかのうちに、時頼が前に倒れるように一歩を踏み出した。

 男の傘が、空を舞った。

「なっ――」

 顔を隠す物がなくなって、男の驚いた顔が露わになる。
 時頼は男の目の前で、左手の弓を振り上げていた。

「……弓で、傘を」

「抜刀など、元よりするつもりは無い」

 ようやく事態を呑み込んだ男に、時頼は冷たく言い放った。

 落ちてきた傘が、乾いた音を立てて地に触れる。

 時頼は振り上げた弓を降ろし、刀のように自身の前で構えた。

 男は諦めたように首を振って、立て膝になった。
 刀を鞘に納める。

「お見逸れいたしました。この通り、降参いたしまする」

 男は片手を地について、家臣が主君に対するように畏まった。

「……俺に対してそんな真似はよせ」
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