ときふるさと
□兄と弟
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時頼が気配を察して振り返ったと同時に、彼の頬を矢がかすめた。
「わっ」
驚きに体勢を崩すがとっさに立て直し、時頼は目を細める。
周囲をぐるりと見回した後、ふっと呆れたような表情をつくった。
「…何用ですか、兄上」
「おや。よく分かったな、弟よ」
時頼の視線の先で、木陰から男が一人、顔を出した。
菅笠をかぶっていてその顔の大部分は見えないが、背丈は時頼より少し高いくらいの細身の男だった。
「…自分の兄くらい、分かります」
「それは立派。我が弟ながら天晴れじゃ」
「……今一度お尋ねしますが、何用です?」
のらりくらりとした口調の兄に対し、時頼はつっけんどんに言った。
「実の兄をそうも邪険にするでないぞ、時頼」
「……」
「まあよい。此度俺が参ったのは、風の噂にてお里様がお怪我をなさったと聞いたからだ」
「あ…」
兄は俯き気味だった顔を上げて、時頼を睨みつけた。
「先日、隣国へお出かけなさる際に、隣国の悪党どもに襲われたらしいな。――そなたが側にいながら、お手をお怪我なさったと。相違ないか?」
「……」
時頼は唇を噛みしめて、無言でもって兄の言葉を肯定した。
「お命をお守りしたことは褒めてつかわそう。が、お命が無事ならば何事も許されるのであれば、我が一族は必要ない。それはそなたとて重々承知のはずだ」
「…承知、いたしております」
「お里様はお心の優しい方ゆえ、そなたのその体たらくをお咎めにはならないが、俺は断じて許さぬ」
兄は言うが早いか右手で抜刀し、切っ先を時頼の首元に突きつけた。
「次そのようなことをしてみろ。――その時は、俺がそなたを殺す」
時頼は兄の顔と切っ先とをしばらく見つめた後、目を伏せて、
「申し訳ございません。以後、このようなことが起こらぬよう、精進いたします」
兄はしばらく時頼を睨んでいたが、やがて刀を鞘に納めると、踵を返した。
「忘れるな。そなたのその地位が、何を犠牲にして成り立っているのかを」