ときふるさと

□アヤメル
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「…え、弓の稽古?」

 里和に宛てられた文を携えて里和の部屋へやってきた時頼に、里和は開口一番、無茶なお頼みをした。

「いけない?どうしても、やってみたいのだけれど」

「…それを、何故俺に」

「それは勿論、時頼にご指導願いたいから」

「……お断りします」

 一瞬の思考ののち、時頼はきっぱりと言った。
 里和はそれを受けて、不満に頬を膨らませる。

「どうして?――私が女だから、とは言わないでしょうね」

「言わないけれど…」

「ならば、なにゆえ?」

 半分怒ったような里和の表情を垣間見ながら、時頼はしばらく逡巡した。
 双方、無言の時が続く。

「…分かった。不得手な私に、一から教えるのが面倒なんでしょう」

「違う」

 即答した時頼に一瞬驚きを見せ、そして里和は今一度尋ねた。

「ならば、なにゆえ」

「……理由は二つ。一つは、俺に教えるだけの実力がない。加えて、教える術を知らない。俺の指南で、里和が弓を引けるようになるとはとても思えない」

「術はともかく、実力は十分にあると思うのだけれど」

 実際、時頼の実力は弓のみならず剣においても同世代の中では群を抜いていたが、時頼は里和の言葉に首を振った。

「謙遜もそこまで行くと皮肉になりかねないよ。――それで、もう一つの理由とは?」

 時頼は目を伏せて、里和の顔を見ずに口を開いた。

「里和に、そんなことさせたくない」

「…というと?」

「弓は…最後には、人を殺める武器だ。的当てや流鏑馬だけならば誰も死にはしないけれども、それらは所詮、確実に人を殺すための訓練でしかない」

「……」

「確かに里和は狙われやすいし、護身の術はあった方がいいのだろうけど、でも俺は、自分を生かすためにと言って、里和が人を殺すのを見たくない」
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