短編
□わだつみ
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「このまま本当に、渡るの?」
浅い川に素足をつけて、彼女は手をつないだ彼に問いかけた。
「渡りたくないのかい」
「そんなことは、ないけれど」
風になびいていた彼女の衣が降りてきて、静かに水を吸い上げる。
「向こう側に、きちんと辿り着けるのかしら」
不安を隠しきれない声音が響いた。
彼はふんわりと笑う。
「さあね。そんな事は、さして問題じゃないよ」
彼女は不安そうな表情を浮かべながら、彼に身を預けた。
「そうね。それを願うわ」
そして二人は、静かに歩き出す。
先の見えない旅を、君と。
(何処かに着く事が、正義ではない)
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