短編

□その子
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「いやだーっ!落ちたくないー!」

 その子は、銀の天井にしがみつきながら叫んだ。

「仕方ないだろ、重力でそうなっちゃうんだから」

 その子の少し上にいる別の子が言った。
 その声音はとても冷静だった。

「いやだっ!ぼくはもっと人の役に立ちたいんだっ!」

「そんなこと言ったって…」

「今落ちたら無駄死にじゃないか!」

「そういうもんだろ。数千人に一人、そういう奴はいるんだ」

「でも僕の家族は皆役に立ったのに」

「いやいや、弟のオレを忘れるなよ」

「ごめん。だけど――」

 その子が少しずり落ちた。
 もう限界だった。

「いやだっ!いやだあああっ!」

 その子は落ちて、銀色の床に当たった。
 粉々になった。

「あばよ。兄貴」

 弟は、もう何も言わないその子に、別れを告げた。
 その時、その子のいる床に、巨大な鉄の塊が置かれた。

「ああ、良かった。オレは役に立てる…」

 巨大な手が、天井のねじを回した。
 弟は仲間と一緒に、塊に落ちていく。

 手がもう一度ねじをひねる。
 仲間は落ちてこなくなった。

 手は塊を持ち上げて、黒っぽい火炎放射器の上に置いた。


「おかーさん、何やってるの?」

「お客様が来るから、お茶を入れてるのよ」

 女性は、火からやかんを降ろして、お茶を入れた。

「そうなんだー」

 女性の息子が言って、そのまま部屋に戻っていった。


 夕方。
 客が来て、そして帰っていった。

 机の上に、誰も手をつけなかったお茶が、残っていた。

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