かけらことばのおんなのこ
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「慶太ー。明日ちょっと、祖父ちゃん家行ってきてくれない?」
母にそう言われたのは月曜日の夜、お笑い番組を見ながらアイスにかじりついていたときだった。
「え?なんでまた」
「お野菜分けてもらう約束だったんだけど、母さん仕事入っちゃって行けないの」
うちの母と祖父は、けしからんほどに仲がいい。
祖母が若くして亡くなってしまったため、嫁姑のバトルになることがなかったから、というのもある。
が一番の理由はやはり、ド天然同士の波長が合ったことだろう。
「ああ……まあ、いいや。行ってくる」
最初は断ろうと思ったが、『あの茶店』を思い出して、俺は了解した。
「よろしくねえ。ピーマン嫌いだからって、こっそり置いてきちゃだめよー」
「嫌いじゃないし。子どもじゃないんだからそんな小さい事しないし」
「あらあら」
何がどう『あらあら』なのか分からないが、たぶん母に聞いても首を傾げるだけだろうから、俺は何も言わなかった。
自分の発言に振り回される母のことだ。
深い考えなんてないだろう。
「…で、母さん、明日は何の仕事?」
母は最近、地味に知名度を上げている声優で、今は3本のアニメでレギュラーの役をもらっていた。
「今回は新しいアニメなの。言葉を喋る猫の役もらったの。準レギュラーってとこ」
「聞いた限りじゃ、またお子様向け教育アニメっぽいな」
「あらよく分かるじゃん」
口が裂けても言えないけど、母の才能は萌えキャラとか深夜帯の方面には発揮されないのだ。
今までやった仕事だって、RPGのキャラクターボイスとか、喋るパンのヒーローの仲間役とか、犬とか。
「まあね。母さんの息子やってもうじき17年だから」
「あらあら」
ほらまた言った。
何がどう『あらあら』なんだってば。
そんなわけで、俺の母こと芸名『にしま順子』の命令で、おれは『あの茶店』に行く口実ができた。
翌日。
祖父の家は後回しにするとして、あの便利すぎる街の一角で、
「……あれ?」
高層ビルの間を覗き込んだ俺は、思わず呟いた。