小説
□軍人の子
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「なんで!?」
朝っぱらからエルウの甲高い声が家中に響いた。
今にも地団駄を踏みそうな様子で、リザを見上げている。
「今日ママお休みだって言ったのに!」
そんな娘にごめんねと謝るリザ。
今日はリザは非番だったのだが、前々から追いかけていたテロ組織が街に潜伏しているというタレコミが入ったため、急遽出勤し作戦に参加することになったのだ。
月に数少ない非番は、エルウに構ってやれる貴重な時間。
エルウもそれを楽しみにしているため、仕事が入ったと聞いた途端機嫌が悪くなった。
「本当にごめんね」
ぷうとむくれているエルウの頭をリザは撫でた。
いつもなら嬉しそうに笑うのだが、今日はそっぽを向いてムスっとしている。
困った様子のリザから目を離し、壁に掛けてある時計に目をやった。
そろそろ出勤しなければならないし、エルウも昼まで学校なので家を出なければ。
「もう時間だぞ」
そう声をかけると、エルウは鞄を背負って玄関に駆けていく。
そしてバタンと乱暴に扉を閉めて、学校へと行ってしまった。
「もう……」
玄関の方を見つめながら、リザはため息をついた。
普段は明るく素直な娘だが、いったん機嫌が悪くなると少々面倒臭い。
「私達もそろそろ行こう。なに、帰った頃には機嫌も直ってるさ」
まだ玄関を見つめたままのリザの背中をぽんと叩いた。
はいと頷いたリザは、ハンガーに掛けてあったコートをそっと私の腕に通してくれた。
本当に気がつく妻だと感心してると、リザが不思議そうに私の顔を覗き込んできた。
「遅れますよ?」
早くしてくださいと背中を押され、玄関で靴を履く。
その横でリザも靴を履きながら、
「…私、このまま軍人を続けていていいのでしょうか」
と、ぽつりと呟いた。
いきなりのことに驚いて横を向くと、リザは静かな顔をしていた。
几帳面に靴ひもを結んでいる彼女の横顔は憂いをおびているようにも見える。
「リザ、私には『妻』としての君も『副官』としての君も必要だ。エルウとは、帰ってからでも話し合おう」
弱々しい瞳で私を見つめているリザの頬を優しく撫でた。
彼女の頬は、しっとりとしていて触り心地がいい。
「とりあえず仕事にいこうか」
立ち上がり、リザの目の前に右手を差し出した。
その手を彼女はゆっくりと握り立ち上がる。
玄関を開けると肌を突き刺すような風が吹いていた。
(今日は冷え込むな……)
そんなことを思いながらリザと共に司令部に向かった。