■兎と猫の生活■



人間が立ち入ることのできない、ふかいふかい森のなかに、とても仲良しの猫と兎の夫婦がおりました。
兎さんは、兎さんなのにとてもどうもうで攻撃的で、兎の耳と尻尾を持つ故の可愛さとは無縁の肉食獣でした。
いつもその真っ赤な瞳を光らせ、周りを威嚇するような態度を取っているので、森の皆から恐れられていました。
その兎さんとつがいの猫さんは、とてもすばしこく強いのですが、どうしようも無いお馬鹿ちゃんでした。
顔だけはイケメンで、猫耳と尻尾が似合う、可愛らしい猫さんは、兎さんに溺愛されていました。

兎さんは、年中発情期かおのれは!と言う勢いで性欲をもてあましていたので、猫さんはたまったものではありません。
しょっちゅう追い掛けられては、にゃあにゃあ鳴いて逃げ回っていました。
兎さんは、逃げ回る猫さんの揺れる尻尾と、ピクピク動くお耳に毎日のように欲情していました。

「さぁ、クイック!やらないか!てゆーかその尻尾萌えハァハァ」

「に゛ゃあああああああ!おのれはホントに兎かあああああ!」

「兎だぴょん!とにかくやらないかぴょん!」

「嘘だああああああ!だって可愛くねーもん!うさみみが似合ってねーもん!ぴょん!とか語尾につけられてもキモいもん!に゛ゃああああああ!」

世にも恐ろしい肉食獣兎さんの名前は「メタル」
追い掛けられて毎日鳴いたり泣いたりしている可愛そうな猫さんの名前を「クイック」と言いました。
なんだかんだ言って、彼等は仲良しでとてもいい夫婦でした。


さて、メタルとクイックのあいだには二匹のこどもがありました。
子兎の「ちびメタル」ちゃんと、子猫の「ちびクイック」ちゃんです。
ちびクイックは、母のクイックにそっくりなやんちゃな子猫で、例外無くお馬鹿ちゃんでした。
ちびメタルは、父のメタルとは似ても似つかない可愛い子兎で、うさみみが似合う聡明な男の子です。

二匹は、父と母に愛され、森の仲間達にも愛され、元気に育っていました。


*****


ある日のことです。
いつも性欲をもてあましている兎のメタルに全く覇気がありません。それどころかベットから起きることも出来ず「うんうん」唸っているのです。
いつもびんびんに立っている兎のお耳も、だらりと下がっていました。
猫のクイックはとても心配して、小さな鳴き声を上げながらメタルの側で看病していました。
ちびメタルとちびクイックも、大好きなお父さんの元気が無いので、とても心配です。
二匹はお父さんの側に小さな歩幅で近寄ると、その顔を見つめました。いつも以上に青白い顔色を見て、二匹は泣き出しそうになりました。

「メタルは病気みたいなんだ」

クイックは言うと、ベットに臥せたままのメタルの右手を強く握りました。
その瞳は、潤んでいました。

「おかあさん、これ、病気じゃないよ。へんなウイルスかもしれない」

ちびメタルは、メタルの顔をじっと見つめました。
きつく閉じられたメタルの瞳を、ちびメタルは小さな指で、そっと開きました。
……明らかにウイルスです。その濁った赤い瞳のなかに、無数の文字列が浮かんでは消えていきました。

「おとうさん、ウイルスとひっしにたたかってる」

「ウイルスってなぁに……めたる、なんとかしてよぅ。とうちゃんがかわいそうだよぅ」

「ぼくには無理だよ……ちょくせつおとうさんの中にデジタルダイブしたら、ぼくも感染しちゃう」

「めたる、なに言ってるかわかんない……」

小さな二匹の話を聞いて、クイックは立ち上がりました。

「なら、俺がワイリー博士を呼んでくる!あの人ならメタルを助けられるはずだ!」

ワイリー博士は、メタルとクイックを造ったえらい人です。小さな二匹は「おじいちゃん」と呼んでいました。
たしかに、ロボット工学に精通した彼なら、メタルを助けることができるでしょう。

「お前達は、メタルの看病をしていてくれ」

クイックは、そう言って、走り出そうとしました。
しかし、メタルの右手が、クイックの手を引き留めるように強くにぎりしめました
クイックはびっくりして脚を止めました。振り向くと、上半身を浮かしたメタルが真っ直ぐにクイックを見つめていました。

「…………行かないでくれ」

小さく、か細い声でメタルは言いました。

「…………このウイルスは、電子頭脳に直接作用して自我を崩壊させる悪質なタイプのものだ。
今はお前が側にいてくれるから保てては居るが、お前が居なくなったら俺は壊れてしまう」

「……メタル……ッ」

「……だから行かないでッ……くれ……!!」

メタルの言葉に、クイックは猫耳をピンと立てると、彼の機体に抱き着いて、えぐえぐと泣き出しました。
メタルは兎のお耳を微かに動かすと、クイックの背中を優しく撫でました。そして直ぐ機体をベットに埋め、苦しそうに顔を歪めます。
少しでも起きるのは、ウイルスに侵されている彼にとって辛いようでした。

「ちびメタ、ちびクイック……」

濡れたままの瞳で、クイックはちいさな二匹を見つめました。

「俺はメタルの側に居なくちゃいけない……悪いが、二人でワイリー博士をよびに行ってきてくれ」

ちいさな二匹は互いに手を繋ぎながら、頷きました。






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