廻る魂達の重奏曲2

□☆見出だす幸せ
1ページ/1ページ


輪廻…。
この転生は良き事なのか、悪しき事なのか、わからなかった。
少なくとも私は声高らかによかったと言う事はできない。それでも―…



澄み渡る風にその身を預けながら、ジェイドは果てしなく広がる青い空を見つめていた。
人死にの出る争い事のない日常は、記憶が戻ってからは不自然なものでしかなかった。毎日が命懸けだった過去(むかし)と、現在(いま)とは違うのだと嫌でも認識するから。
ならば前世(むかし)に戻りたいのかと聞かれれば答えは『NO』だ。しかし前世(むかし)をやり直したいかと聞かれれば『NO』とは言い切れない。
ジェイドには後悔がある。
むかし、大切なひとを守れなかった後悔。過ちを犯した後悔。
いま、親の命を奪ったという後悔。罪深い自分が生まれ返った後悔。

「はぁ……」
優しく、全てを包み込む空気の中、似つかわしくないため息が漏れる。しかし、建物の中から感じる気配と、くぐもって聞こえる自分を呼ぶ声に、身を起こした。
「ジェイドー?じぇーいーど〜?」
ギィ…と重々しく開かれる屋上へ導く為の扉。ひょこっと顔を出した人物は視界の中に目的のひとを見つけられず、気の抜けそうな声でその名を呼び続ける。
「あれ?ここにいると思ったんだけど。じぇ〜〜ど〜〜」
さすがに諦めずに何度も間延びした声で呼ばれれば、ジェイドも苦笑を浮かべた。給水塔の上の隅に立つと、ふわふわと揺れる赤い髪を見下ろした。
「ここですよ、ルーク」
風に浚われそうになる髪を手で押さえながら笑顔で声を掛ければ、半泣きになりかけていた顔を綻ばせ、無邪気な笑顔を浮かべたルークは勢いよくジェイドの元まで飛び上がった。
「ジェイド!」
「おっと」
明るく名を呼ぶとルークはジェイドに飛び付いた。辛うじて足を踏ん張り、倒れ込む事は阻止したがその突拍子もない行動に、やれやれと肩を竦めるばかり。
「どうしました?危ないですよ」
言葉は咎めるようなものであるのに、口調はあくまでも穏やか。それにはルークも怒られているわけではないと理解しているのか、えへへと笑い、よりむぎゅっと抱きついた。
「ジェイドって、何か落ち着くんだよなぁ。あったかいっていうか、ふわふわしてるんだ」
「やれやれ…。私は抱き枕ではありませんよ?」
「んー…、わかってるー」
それでも尚、離れる事のないルークにジェイドは柔らかく笑みながらその赤髪をゆっくりと撫でた。そうすれば、むー、と心地よさそうな猫撫で声をあげて擦り寄る。
「……ジェイドってさ、なんでいつも笑ってるんだ?」
唐突に、学生服に顔を埋めたままのルークが尋ねた。
「ふむ、また微妙な質問ですね」
くすくすと笑いながら返せば、ルークはぴょこんと顔をあげてジェイドを見上げる。その顔は本当に闇など欠片も感じさせない程光り輝いていた。
「俺はジェイドが笑ってくれてるとすっごい嬉しいよ。昔みたいに優しい笑顔を向けてくれてるからさ」
「貴方も、変わらないですよねぇ」
「む、なんか馬鹿にされてる気がする」
「嫌ですねぇ、してませんよ、馬鹿になんて」
頬を膨らませるルークの頭をぽんぽんと軽く叩き、にっこりと微笑めば、つられたようにルークもまた表情をぱっと変える。しかしそれも一瞬ですぐに笑顔に陰が差してしまった。
「……、あのさ、俺のクラスのヤツが、ジェイドの事、いつも冷めたように笑ってて気味悪いって…、ジェイドと居て不気味じゃないのかって言ってきたから」
「……不気味、ですか」
ルークの言葉の後に、繰り返すようにぼそりと呟けば、ルークは素早くジェイドから離れておろおろとし始める。
「あ!俺はジェイドの事、そんなふうに思ってないよ!絶対そんな事ないし、寧ろアッシュやガイと居る時とは違った意味で安心できるし!ただ……、うん、なんでそんなふうに思うヤツがいるんだろって…。なんで、昔からジェイドは認められないのかって…俺、悔しくてさ…」
しゅんと叱れた子供のように哀しそうに項垂れるルークに、場違いだとわかっていてもジェイドは笑みを禁じる事ができなかった。クス…と頭上から小さく聞こえた笑い声に、ルークはキッと眉尻を吊り上げてジェイドを睨み付けた。が、そうして見た先のジェイドの微笑が、今までに見た中のどれもが敵わない程、綺麗で優しいもので。思わずきょとんとしていた。
「ジェイド…?」
「いえ、すみません…。笑う気はなかったのです」
さっぱり状況を理解する事が難しい状態になってしまったルークが、とても不思議そうに尋ねてきたのだとわかるとジェイドは片手で口元を覆いながら、しかし笑みを消す事なく謝罪を述べる。それでも、けれど、と続けるとルークの前へ屈んだ。
「嬉しい、のだと思います。…違いますね。嬉しいのです。いつでも無邪気に私などを慕ってくれる貴方の気持ちが」
そうしてルークの頭へ手を置き、そっと髪を撫でる。ゆっくりと、言葉にし難い感謝を伝える為に。
「ありがとう、ルーク」
再び出会えた事に感謝を、なんて思わせてくれて。
後悔ばかりの自分の道の中で、少しでもよかったと思わせてくれて。
「へ?う、うん…?」
一体何故礼を言われたのか未だに理解できないルークは首を捻るばかり。
「貴方が、私の友人でよかった」
そう言葉を零せば、ルークの翠の瞳がいつもより大きく見開かれた。それに気づいたジェイドは浮かべていた微笑みを一瞬にしてなかったかのように消し、困惑気味に眉尻を下げた。
「ああ―…、今は違いましたね。すみませ…、」
「ほんとに!?」
ジェイドの謝罪を遮ったルークの、溢れ落ちるのではないかと思う程開かれた目に若干の心配を感じながらも、ジェイドの方こそルークの大声に驚き、目を僅かに見張った。
「ルー…」
「ほんとに、ほんとに俺、ジェイドの友達!?嘘じゃないよな!」
パァッと輝く、真っ直ぐ見つめてくる翠緑色。それよりも直球でぶつけてくる喜びに満ちた声や感情に、ジェイドは普段接するひとの内、三人に対してしか感じた事のない満ち足りた感覚を胸に感じた。
「……貴方が…そう望んでくれるのであれば」
ふと気づけば、そんな言葉が口をついて出ていた。自分の意志ではないそれに、思わずはっと口を手で塞ぐ。だが急に感じた衝撃に、ジェイドは今度こそ地面に倒れ込んだ。目先いっぱいに広がる赤。鮮やかな、赤。ぎゅうっとルークがしがみついている。
「ルー…ク」
「ジェイドが俺の事、友達だと思ってくれてるなんて知らなかった」
そう言い、顔をあげるルークは本当に幸せそうに笑った。
「ありがと、ジェイド。ジェイドも陛下も守れなかった俺を友達だって言ってくれて…」

   だいすきだよ



吹き流れる風のように柔らかな声。心に染み渡る愛しい声。
「私も…」

ひとを好きだと、今この時を幸せだと思っていいのだろうか。
後悔ばかりの魂の道だけれど。暖かく接してくれるこの子の事を、見守ってくれるひと達の事を、大切だと。共にある事を幸せだと思っていいのだろうか。


輪廻…。
この転生は良き事なのか、悪しき事なのか、わからなかった。
少なくとも私は声高らかによかったと言う事はできない。それでも―…
愛しいひと達に再び出逢えた事、それはよかったと言えるよ



・・・
「ところでルーク」
「なに?」
「……重いです」
ずっしりとのし掛かるルークにジェイドが告げれば、ルークは今気づいたと言わんばかりに跳ね起きた。
「わ、ごめん!」
「へぇ〜」
「…っ!?」
飛び起きて謝るルークだったが、突如聞こえる声に辺りを見回す。そうすれば、ガバッとルークの背後から覆い被さる人影。
「ゼロス!?」
「おーよ」
「俺もいるがな」
「陛下!」
ジェイドの後ろに現れるのはピオニー。驚きにあわあわしているルークはさておいて、ジェイドは呆れたように二人を見た。
「立ち聞きは趣味が悪いですよ」
「だってよ〜」
「ルークにジェイドをとられないか、心配でな」
なあ?と顔を見合わせるピオニーとゼロスに、ジェイドは本格的に肩を落としてみせた。二人の登場にまるでついていけないルークに微笑みかけたジェイドは、背後のピオニーの腹目掛けて肘打ちを繰り出し、ルークにのし掛かっているゼロスは奥に蹴り出した。それぞれが情けない声をあげながら落ちていった事を確認すると、ジェイドはルークへ手を差し出した。
「私の信頼を預けますからね。ルーク」
「あ、うん!ジェイドを守れるように、いつか陛下やゼロスに負けないくらい頼れるようになるから!」

 繋いだ手は絶対の誓い




[
戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ