廻る魂達の重奏曲2

□☆平和な日々
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高等部校舎の廊下。
窓際に立つピオニーはどこか不機嫌そうなオーラを纏っていた。
「どーしたよ、ピオニー。俺さまには劣るけど色男が台無しよ?」
近くの教室から出てきたゼロスはピオニーの隣に並ぶとその肩を勢いよく叩いた。いつもならそれで反応を示す筈なのだが、今日…というよりは今のピオニーはらしくなく、窓の外を凝視したまま動かない。
「?ほんとにどしたのよ」
ゼロスは並んでいた状態からピオニーの後ろへ回り込むと、見つめている場所を確認しようと同じように窓の外を覗き込んだ。そしてその先にいたのは。
「ん〜?ジェイド?と、わーお、別嬪さんじゃん」
裏庭で向かい合っているジェイドと、年下だろう女子生徒だった。三階から見ていても当然声が聞こえるわけではない。けれど何を話しているかなど一目瞭然。
「ジェイドって意外にモテんのな〜」
「必要ない」
漸く口を開いたピオニーの声は、雰囲気以上に機嫌が悪そうで。どちらかというと拗ねている、の方が正しいのだが。そんなピオニーの様子にゼロスは一度動きを静止させ、と思えば瞬時にピオニーの前に立った。その顔はどこかにやついても見え、ピオニーは一層不機嫌そうに眉を跳ねあげると、外からゼロスを向いた。
「…なんだ」
「いや〜?普段はちょー余裕に見えるクセに、実はジェイドが誰かと付き合うんじゃないかってヒヤヒヤしてんのかなーって思っただけだぜ〜」
けらけらと笑うゼロスはこれ以上ないくらいおかしそうに窓枠を叩く。むっとするピオニーは無言でゼロスに背を向けて教室へ戻ろうとするが、ゼロスの行動力の方がやや高かった。即座に手を伸ばすとピオニーの腕を掴み、足を止めさせる。
「怒んなって。けど、親父の関わってた時ってのはそーとーテンパってたんだな〜。あんた、ジェイドに何て言ったよ」
「う…、そ、それは…過去の話だろう」
「うひゃー、なかった事にしようとしやがった〜」
掘り返されたくない話を持ち出され、ピオニーはどもった。ジェイドに言った台詞なんて片端から覚えているし、寧ろ、ジェイドを突き放す為に何日もかけてあれこれ考えて選抜した台詞達だったのだから。それでも茶化すようなゼロスに、一度大きく息を吐くと、苦笑にも似たとても穏やかで優しげな笑みを浮かべて窓の下を見る。
「いいだろ、あの時の事はあいつも許してくれた。なら忘れていいんだ。俺があいつを大切に思うのは、決してその時の罪滅ぼしじゃないんだから」
「まーなー。なーんかピオニーも吹っ切ったみたいだし?以前よりキザになったんじゃねーの?」
ピオニーとジェイドを交互に見てから、ゼロスは人知れず満足げに笑みを浮かべると、やはり軽い口調で茶化しにかかる。
「は?キザなのはお前だけで十分だ。ああ、後はガイだな」
「んだよ、自覚ねーの?俺さまは自覚済みだけどあんたも相当だと思うぜぇ?」
恐らく第三者がいればゼロスの言い分に同意するに違いない。しかしピオニーにそこまでの自覚は一切なく、あくまでもゼロスの意見には反対を示すばかり。
「本当は、あいつは俺のものだって言って回りたいんだがな」
そう言って肩を落としたピオニーに、ゼロスはその意味を理解して、あー…と気の抜けた声を発すると肩を竦めてみせた。
「んな事したら、消し炭だな…」
「だろ?」
とてつもなく冷めた笑顔で詠唱の言霊を紡ぐジェイドの姿が簡単に思い起こせ、その瞬間に両者ともが恐ろしさに身を震わせて乾いた笑いを零した。
「難儀だな〜、ピオニーも、って…、あーあ、また女の子泣かしてやがる」
徐に視線を下げたゼロスの視界には、傍で女子生徒を見守っていたのだろう友人らしき女子が、俯いている女子の肩を抱いている様子が入った。
「当然だな」
「うわ、ひっでー事言うな〜。確かに付き合うって言われてもだけど、何も泣かせる事ねーじゃん?」
さらりと言い切ったピオニーにやれやれと肩を竦めてみせたゼロスはそう言う。
「女の子は繊細なんだぜ〜?」
「わかってるさ。わかっているがおまえもジェイドがヒトを気遣った断り方なんてできない事、知ってるだろう」
ぶーぶーと頬を膨らませさえしそうなゼロスを横目に、はいはいと適当に宥めるような声をかけてから、殊更真剣みを帯びた声色で言った。
「まーな。ジェイドは割れ物注意って感じだしな〜」
「誰が割れ物ですか」
「だからジェイド……って、わーお、ジェイドさんじゃん」
ピオニーの言葉にけらけら笑いながら同意を示したゼロスだが、背後からかけられた声に振り返るなり、そこにいた人物を確認し笑い声を乾いたものに変えた。それに対してジェイドは怖い程綺麗に微笑みながら何か口を開こうとする。しかしそれよりも先にピオニーが前に立つゼロスの横をすり抜け、ジェイドを抱き締める形で抱きついた。
「会長、どうしたのですか」
その突発的な行動に呆れたため息を吐きながら引き剥がそうとするが、ジェイドが込めた力より更に強い力で抱き締め、抵抗を許さない。
「おまえは、誰にも渡さん」
呟きとはいえ、自然と耳元に届く程の距離で囁かれた低音に、肩を震わせたジェイドは本格的にもがき始める。
「ちょ、何を言って…!というか人前ですよ、離れてください!」
「………断る」
ピオニーが何に対して拗ねているのかわかっているからこそ、好きなようにさせてやりたいという気持ちもない事はないが、今は学校の休み時間。当然ひとの目はあるし、気不味さの方が勝った。そんなふたりの様子を、でひゃひゃひゃといつもの品の薄い笑い声で見ていたゼロスは唐突に何かを思い付いたと言わんばかりに笑うのをやめた。
「ジェーイド!俺さまも俺さまも〜」
言いながらジェイドの後ろに回ると背後から飛び付いた。
「わっ、ゼロス!やめなさい、暑苦しい!」
「ホント、あちーな〜」
ギラギラと太陽が照らす蒸し暑い廊下で、これ以上なく密集していたら暑いのは当然で。けれどピオニーも離れる気は毛頭ないし、ゼロスも暑いと文句を言いながら退く気は皆無。
「ジェイド、暑いー…」
「あちー…」
「なら離れたらどうですか!馬鹿ですか!」
幾らジェイドが自身で術を纏う事で適温を保っているとはいえ、今の状況ではそんなものは欠片も効果がある筈はない。と、そんな中で近づくひとがふたり。
「はは、楽しそうだね」
「や、何やってんの、おまえら。暑苦しい事してんな」
にこやかに微笑みながら歩くフレンと、アイスの棒をくわえながらだらけきった様子のユーリは各々感想を述べる。
「おう、たのしーぜぇ?」
片手でしっかりジェイドにしがみついたままでゼロスはふたりに手を振って見せる。そんな中、ジェイドはにやりと笑みを黒いものに変えると前にピオニー、後ろにゼロスをつけたままでじりじりと前進する。
「ユーリ…?遠慮なさらなくても今すぐ仲間入りさせてあげますよー?」
「は?なんだよ…って、あんた目、マジなんだけど」
「へーい!行け〜!」
ピオニーやユーリ程、身体的能力は高くないものの『能力者』のジェイドに人間ふたりくっつけたまま移動できない筈はなく、退いていこうとするユーリを追いかける。背中に張り付いたままのゼロスは高らかに、明らかに他人事のように軽快に叫ぶ。
「大変だね、ユーリ」
後ずさるユーリに笑顔で言ったフレンだったのだが、この面子が揃って逃がされるわけがなかった。
「まさか自分は関係ないなんて思ってないよな、フレン?」
「え……?うわっ!」
ジェイドがユーリを追う為にフレンの横を通り過ぎた瞬間だった。ぬっと腕を伸ばしたピオニーは片手をフレンの腕を掴んだのだ。当然フレンも引き摺られる形となり、端から見れば益々馬鹿な集団となった。

それから結局ユーリも捕まり、夏の太陽がジリジリと照らす中、高校三年の男五人がくっついて昼休み中を過ごす事になる。


そんな夏の、彼らの平和な日常。




 

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