廻る魂達の重奏曲2

□☆一欠片の勇気を
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他人に隙は見せない。
決して甘えない。
無闇に信じない。

そう、生きてきた。否、そう生きてしまうようになっていた。
『ヒト』とはそういう生き物なのだと思うしかなかったから。

初めはピオニー。あの人の明るさに、最初は嫌悪、次第に惹かれていった。そしていつも正しき道へ手を引いてくれる。
次にはアリエッタ。彼女の優しさに、幾度となく救われた。彼女は無意識であっても。
次にゼロス。彼の一見大雑把な、それでも前を見据えた強い意志は後ろではなく、前を向けと背を押してくれる。
最後に、ルーク。あの子の無邪気さは、失ったものを思い出させてくれる。ヒトなのだという気持ちを。
ネビリム先生は無条件にすべてを許せるひとだったから。どうだろう、ネビリム先生が、すべてを許してくれるのだろうか。

結局、私はこの片手指程のひとしか信じられないのだと思う。どうしても距離を置く事を考えてしまうから。どうしてもいつか拒絶されると思ってしまうから。極力、心の内側に他人は入れない。自分の感情を露にしない。
そう生きてきた。そしてそう生きていく。



本日、晴天。
「絶好の読書日和ですね」
ジェイドはいつものように特等席である給水塔の上にいて、仰向けに寝転がりながら本を開いていた。徐に瞼を閉じて、一切の意識を外に散らす事なく集中する。そうすれば暗い中に、ポツポツと感じる暖かい気配が四つ。ふと目を開けると、次第にくすくすと笑いが漏れてきた。
「……さすがは四限目。ルークも会長も嫌そうですね。ゼロスは何をやっていても大抵楽しそうだし、アリエッタは真面目ないい子」
呟いてから、ほっと息を吐く。暖かな光が側にある事を喜ばしく思え、同時にその光は心を落ち着かせてくれる。だがそんな安堵感に包まれていると、急に陽射しを遮るかのように何かが飛び出した。ジェイドは咄嗟に本を閉じて上体を起こすが、目の前に着地したその『生き物』に少しばかり目を開いた。
「犬…?」
青と白の二色で成り立つしっかりと整えられた毛並み。最初はどこから迷い込んできたのだろうと考えたジェイドも、自分を見つめるその鋭い眼光に、何かを思い出した。
「貴方は、ユーリと一緒にいた…。確か、ラピード…でしたね。どうしてこんな所に?」
会ったのは、ユーリ達に出会った時の一度きり。しかしその時随分と威嚇された覚えがあり、ユーリやフレンからよく話を聞き印象は強かった。それでもどうしてこんな所にいるのか、というのは疑問でしかなく、本を閉じて傍らに置くと、微動だにしないラピードに問いかけた。
「ガウガウ」
するとラピードは鳴き声をあげ、懸命に自分の背に乗るリュックをとろうと首を曲げる。だがどれだけ頑張ろうとリュックに頭が届く事はない。ジェイドは立ち上がると、ラピードの背に固定されているリュックの留め金を外すべくそこへ手を伸ばす。と、案外抵抗されず、寧ろ協力的にジェイドへ擦り寄った。
「ふふ、自分でとれないのにどうやってこんな所に乗せたのですか?」
「ワウ、クゥーン…」
リュックを外してラピードの前に置く。
「これでいいですか?」
「ガウ!」
そう問えば、肯定の意味合いで鳴き声が返った。ジェイドは微笑みながら、もう一度座り込むと、おいでと手招きする。それに躊躇いなく寄ると、ラピードはジェイドの隣で伏せた。
「もうじき、授業も終わりです。きっとユーリとフレンも来るでしょうから」
話しかけながらそっとふわふわと風に揺れる毛並みを撫でる。その見た目以上に暖かな感触に、ジェイドは目を細めた。
「……動物は、好きだな。人間と違って、裏切らないから」
呟きと同時に、ツキリと胸の辺りが痛んだ気がするが、もうその痛みにも慣れすぎた。普段、痛みを感じる時のように明るい笑顔を浮かべると、ラピードの首回りを撫でたまま、空を見上げる。
「ヒト以外に生まれて来られればよかったのに」
そんなものは、今更いくら言っても叶う筈のないただの戯言だと知っている。それでもそう願っていたのは事実なのだから、口に出せば少しは楽になれるのではないかという希望を乗せて、もう一度、泣きそうな声で繰り返した。
「ウゥー……」
「ああ…、すみません。独り言ですよ」
床についていた首を持ち上げて見上げてくるラピードに、にっこりと笑いながらそう言う。しかしラピードはその言い分で納得できなかったのか、バッと俊敏な動きで立ち上がる。立ち上がった動作とは違い、ゆっくりとジェイドを向くと暫く沈黙し、唐突に突進した。


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