廻る魂達の重奏曲2

□☆武道場の騒乱
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放課後の武道場。いつもなら覇気のある声が聞こえてくるそこからは、野太い男の黄色い奇声、改め乙女ののような(ただの裏声)歓喜の声が聞こえた。
「………帰ろうかな、俺」
扉の前に立ち、それを開こうか迷っている人物は紛れもない、この先にいる連中の慕って止まない空手部部長その人だった。

ともあれ、来た以上は顔を出すしかなく、ピオニーは扉を開いた。
「おう、一体何やってんだ、お前達は」
そう声をかければ、武道場の中心を向いていた道着の集団は一斉にピオニーを向いた。
「部長!?」
「本当だ、部長だ!」
「いつもはソフィが迎えに行かないと来なくなった部長だ!」
「本物っすか!?」
しかも口を開けば好き放題な事を言い始める。ピオニーは鞄を隣にぽんと放り投げると、にやりと口元に笑みを乗せ、指をバキバキ、と鳴らした。
「……来いよ。滅多と来なくなったノリの悪い部長様がビシバシ鍛えてやるから」
その瞬間、その場にいた十数人は驚くべき速度でピオニーの前に向かい、スライディング土下座した。
「すみませんでした!殺さないでください!!」
「わかればいい。…で?何してたんだ?」
ピオニーが一息と共に改めてそう尋ねれば、畳の上を滑ってきたほぼ全員が額を赤くして顔をあげた。
「それがソフィの花占いっていうのが凄いんですよ」
その中のひとりが説明すべく口を開き、回りは同意するかのように何度も頷く。へぇ、と取り敢えず相づちを打ち、今まで人だかりができていた場所へ視線を移すと、道着を着こなしながらも可憐さを全く損なわない少女がいた。
「ったく、ソフィ。こいつらの馬鹿騒ぎに付き合う必要はないんだぞ」
呆れたようにため息を零し、鞄を拾い上げたピオニーは一直線にそこへ足を進める。ピオニーが歩き始めると同時に神速とも言える早さで左右に退き、道を開けるところはどれだけ部員達がピオニーを心酔しているかがわかる。
「ううん、わたしも楽しいからいいの」
ふわりと笑うソフィの頭を困った表情をしながら撫でると、ピオニーは奥にあるロッカーへと着替えの為に向かう。


「それで、何を占ってもらってたんだ?」
道着を着付けて出てきたピオニーは、髪をゴムで一纏めにしながら綺麗に並び、正座している部員達に尋ねた。そうすれば、部員のひとりが手をあげる。
「恋愛運を!」
しかもそれに連なり手をあげていく大半が「俺も!」などと言い始める。
「お前らな…」
口端を僅かに引きつらせたピオニーは囁き程、低く静かに呟きながら部員達の元へ行くと、
「もっと他の事はないのか!どんだけ寂しいんだ、お前らは!」
ガツン、とひとりの頭を張り飛ばす。
「うっわ、ヒドイっすよ!」
「部長はモテるからそんな事言えるんじゃないですか!」
「彼女のいない俺達の気持ちなんて部長にはわからないですよぅ!」
「やかましい!」
口答えをする奴、わざとらしく泣き真似をする奴を片っ端から殴り飛ばしていく。けれどめげずに何度でも同じ事を繰り返す辺り、楽しんでいるのだから困りものである。
「部長も占う?」
そんな中で唯一ピオニーの猛攻を逃れているソフィが、首を傾げながら尋ねた。その問いに、漸く惨殺をやめたピオニーはソフィの前までいくと、ピオニーに差し出していた一輪の花をソフィへやんわりと押し返す。
「いいや、俺には必要はない。占いを信じない訳じゃないが、何が起ころうが自分の道は自分で決めて進んでいくものだと思っているからな」
そう言ったピオニーをきょとんとした表情で見つめていたソフィだったが、向けられる笑顔に、同じように顔を綻ばせた。しかし素直にそれで終わる筈がなく、やはり後方の連中から声が飛ぶ。
「部長ってばキザ〜」
「もう、罪作りなヒトなんだ、か、ら〜」
「一回あの世にやらんと理解できないのかお前らは。やっぱり死んどくか?」
「キャー、部長がキレたー!!」
次々と声を飛ばす部員達に、立ち上がったピオニーはにっこりと笑い、そこへと駆け出す。が、顔が笑っていても目が笑っていない事は一目瞭然で。当然、部員達は互いが互いを盾にするように、狭いようで広い武道場を逃げ回る。そんな状態で時間が過ぎていくと思いきや、型破りというか、兄譲りの天然さを発揮したソフィの一言で、ピオニー含めた一同が静止した。
「そっか、部長は大好きなひとと幸せなんだよね」
と。当然だが、相変わらずの花のような笑顔のソフィには何の悪気もなかった。
「ソフィ、それは…!」
言い切ってしまったのだからもう仕方がない。ピオニーが、ソフィがアスベルの妹だと理解した時にはすべてが手遅れだった。
「抜け駆けっすか!?」
「もう彼女いたなんて!」
「部長のフケツー!」
案の定騒ぎ始める連中に、ピオニーは痛む頭を押さえながらただ思った。


「………帰りたい」


そんな空手部の、とある日常。




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