廻る魂達の重奏曲2

□☆♪図書室談義
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「できた…」
手にした小さな巾着を見つめ、ジェイドは呟く。
「お、例のアレか?」
鞄を手に、登校の支度の整ったピオニーが、ジェイドの肩口から顔を覗かせて尋ねる。それに対して、ええと頷くと、ジェイドはとても大切そうにその巾着袋を自分の鞄の中へと入れた。
「さ、行きましょう」
珍しく、早くとピオニーを急かすようにジェイドは自宅を出た。

漸くできたという巾着袋は以前、アリエッタとシンクに渡したお守りと同種のもの。先日、自分の不手際のせいでアリエッタのそれを使わせてしまったので、改めて作成していたのだ。普通のお守りと違い、『能力』を込めたそれはしっかりとした力を有するまでに時間がかかり、数週間の時間をかけて漸く完成した。

自分でもらしくない程にアリエッタを大切に思っているようで、早く渡したかったのだが、時間などそう簡単にとれるものではないし、況してや学年どころかそもそも高等部と中等部では時間割りに若干差ができる。その結果。

「結局、放課後になってしまった…」
高等部の校舎から中等部の校舎へ続く廊下を歩きながらため息を吐く。ピオニーには生徒会へ顔は出せないと伝えてあるし、理由に検討がついていたのか快く頷いてくれた為、気兼ねなく行けるというのはありがたい事この上ない。アリエッタの気配を辿り、真っ直ぐ足を向ける先は中等部の図書室。高等部の生徒であるくせに我が物顔で扉を開くと、カウンターに望みの姿を見つけ、邪魔にならない事だけ確認するとそこへと近づく。
「こんにちは、アリエッタ。忙しいですか?」
やんわりと微笑みながら、既に癖になってしまったかのように手を伸ばし、その頭を撫でる。
「ううん。昼休みに比べたら全然………」
にっこりとしてアリエッタはジェイドにそう答えた。そしてすぐに首を傾げていた。
「ジェイド先輩こそ無理してないですよね?」
「ええ。先日少し厄介事がありましたが今は大丈夫ですよ」
それだけ答え、それよりと続けると手にした鞄を漁り、お守りを取り出すとアリエッタへ差し出した。
「お守り、できたので早く渡したくて。貰ってくれますか?」
「はい!」
ジェイドの手からお守りを受けとるとただアリエッタは頭を下げた。
「いつもごめんなさい。それに私があの場でジェイド先輩を守れれば大丈夫だったのに……」
「それは、もう忘れましょう。元を辿れば私が気を抜いたせいなのですから…。それに貴女は守ってくれましたよ。貴女がいなければこうして今ここに私がいる事はなかったでしょうから」
済んだ事だ、と笑いかけ、もう一度アリエッタの頭を撫でると再び鞄を漁る。
「そうでした、会長から預かりものと伝言です」
鞄から一冊の本を取り出すとカウンターの上へそれを乗せた。
「以前にここから借りた本らしいのですが…。『あそこに返しに行くと新しい本を借りさせられそうなんでな。今は語学の勉強の方で手一杯だから字は見たくない!』だそうです。なので代役として返却させていただきます」
わざわざピオニーの口調を真似て言い切ってから、にっこりと微笑み、要領が少ないというのは困りものですねと嫌みを加える。
「うーん。私は一冊だけでも読んでくれたらよかったのに。……リタなら強制するような気がするけど」
苦笑いをしていたアリエッタの言葉に反応したのか遠くからリタが見ていた。更にはその隣からルキウスも見ていた。
「その一冊が、今は荷が重いらしいですよ。まあ、あの方は昔から机の前が嫌いでしたから」
それからリタと隣のルキウスへ視線をやる。
「リタ、こんにちは。ルキウス。どうです?ここには馴れましたか」
「二人の仲が羨ましいんでしょ?」
「別にそんなんじゃ」
リタを突き飛ばすようにしてルキウスが立ち上がってジェイドの前に立った。
「……大丈夫…ですか?」
やけにどもったようにルキウスは尋ねた。元はと言えば誤解を招いて攻撃したのはルキウス達だったのだから。
「大丈夫ですよ。貴方達が安心して生活できているなら何よりです」
ルキウスにしっかりと頷いて見せ、それからリタへ微笑む。
「暇なのなら、一勝負しますか?私に遠慮などしなくていいのですから」
「結果まだ一勝も出来てないのが事実だから暇があるなら勝負よ!」
意気込むリタを傍らにルキウスがアリエッタとジェイドの間に立った。
「とりあえず図書委員はおっとりなアリエッタとツンデレなリタと仲良く落ち着いています。ところでアリエッタ、リタに勝率はあると思う?」
「うーん?あんまり……」
曖昧な返事を返したアリエッタに、だよね?とルキウスは答えた。
「ふふ…。わかりませんよ?リタは頭のいい子ですから。ルキウス、将棋は打てますか?盤をもうひとつ持っていますからリタと一度に相手して差し上げましょう」
いつもの穏やかな微笑みを、僅かに口角をあげた挑戦的なものに変えてルキウスを見た。
「うぐ……、ちょっと流行り病が」
「でもルッキー。今日はずっと元気だったよ。それに転校してからもずっと元気だよね?」
咄嗟に言い訳を考えて実行したルキウスだったがアリエッタに事実を言われて項垂れた。
「普通にジェイド先輩に弄ばされそうな気がするんだよ」
「弄ばれ………?」
「おや、弄ぶとは失礼ですね。ちゃんと相手にはそれ相応の真摯な態度を持って接しているつもりですよ。ね、リタ?」
いかにも意外そうに肩を竦め、いつも相手をしているリタへ同意を求めた。
「ええ。いつもジェイドは全力投球よ」
「だから……」
「ルッキー、しないの?」
アリエッタに首を傾げられてルキウスは短くため息をついた。
「アリエッタ。ボクはルッキーじゃなくてルキウスだから」
そう言って二枚の将棋盤を持ってきた。
「お願いします。兄さんよりは賢いつもりだから」
「こちらこそお願いします、『ルッキー』」
とても楽しそうに微笑むと、同じくらい弾んだ声でルキウスへ言った。
「彼はあとでテンペストの刑だね。アリエッタには悪いけど」
盤を置いたルキウスは静かに呟いた。恐らくは緑の髪が思い出されたのだろう。


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