廻る魂達の重奏曲2

□☆君の笑顔を守りたい
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ずっと、一緒だった。
4つになる頃、あいつに会って一緒に過ごすようになって。
ふたりでいれば後は何も要らないと。
あいつも他人(ひと)を怖がったけど、ネビリム先生に学校を勧められて、小等部から通い始めて次第に打ち解けようとしてた。

でも、
壊された。

『ピオニー…、ピオニー…。もう、嫌だ。人なんて信じたくない!どうして?どうして僕はこんな…。母さんと父さんを殺したから…?』

小等部の4年。あいつは学校の教師に襲われた。勿論、傷害とかそんな怪我を負うものじゃなかった。でも心を穢された。世間で言われる強姦ってやつだ。

『はは…っ。そうだよね、普通に過ごせる筈ないね。僕みたいな人間……いや、人ですらないんだから』

あの日からだ。あいつが他人を信じなくなったのは。心の内の壁を更に高く厚くして教師を嫌い、授業に出るのも嫌がるようになったのは。

しかもその一件から、周りのガキまであいつを非難しやがった。
俺が…、俺が守るしかないって思い始めたのもあの時から。



「なあ、ジェイド」
「…?どうしました」
自宅のリビング。
ソファに座るジェイドの隣に腰掛けたピオニーは、呼び掛けながら体を倒し、ジェイドの膝の上へ頭を乗せる。本を読む邪魔にもならない為、別段咎めもしないジェイドはそれでも一応本から視線を外すと、首を傾げて見せた。しかし聞き返した言葉に返事を返すどころか、腰に両腕を回して抱きつき、ピオニーは笑い始めた。
「なんです、気味の悪い」
「気味悪いってなんだよ。…ま、いいか。いやな、嬉しいんだ」
さすがにジェイドのドン引き具合にはピオニーも顔をあげて抗議する。それでもそんな事は大した事でないと捨て置くと笑みを浮かべる。
「嬉しい?何がです?」
ピオニーの言わんとする事が何一つ理解できない、とジェイドは首を傾げるばかりだ。
「あの時、お前は俺も拒絶しただろう?今はそんな素振り、ひとつも見せないから」
ピオニーの言う『あの時』を思い出したジェイドは一瞬、ほんの少しだけ全身を強張らせる。そんな態度を指摘するわけでもなく、もう一度隣に座り直したピオニーはただ正面を向いた。どこを見ているのかも、何を映しているのかもわからない色の目をただ前へ。
「本当に…。お前が俺に怯えた目を向けて突き飛ばした瞬間、俺は本気であの男も、お前を守れなかった自分も殺したいと思ったんだ」
無意識に、膝の上で握った拳に力が入る。
今でもそう。ジェイドが恐怖心を思い出すように、ピオニーは殺意を思い出す。恐らくネビリムの手回しだろう、ジェイドを襲った当時の体育教師は遥か遠くの地へ飛ばされてどうなったのかも知らないけれど、数年経った今でもピオニーは容易く男の顔を思い出せる。殴った時の感覚も寸分違わず思い出す事ができる。しかしそれはその男に限った事ではない。同時に自分にも酷く殺意を抱くのだ。
それでもそっと拳に添えられる手。温もりなんて感じられない程冷たい手だけど、優しい暖かさを持った手に触れられれば、ピオニーも籠めていた力を抜いた。
「ジェイド?」
眺めた横顔は笑っていた。穏やかな、いつもの優しい微笑みを向けていた。
「ありがとう。貴方がいてくれるから私がいる。あの時も、誰よりも早く駆けつけてくれたじゃないですか」
それだけで十分。そう続けるとジェイドは閉じた本を隣へ置き、ピオニーの方へもたれ掛かり肩に頭を乗せる。
「あんまり私を甘やかさないでください」
言いながらも退こうとしないジェイドに、ピオニーもため息混じりに笑った。
「ふ…、できない相談だな」
肩に手を回して、その手でくしゃりとジェイドの髪を撫ぜる。
「付け上がりますよ?」
「嘘つけ。もっと付け上がれよ」
知っているから。どれだけピオニーがジェイドを甘やかそうが、ジェイドはそれを当然だと思い傲慢な態度をとるなど、決してしないと。
「ジェイド。今、幸せか?」
ピオニーが尋ねれば、ジェイドは急に笑顔を消して俯き、押し黙った。
「幸せになる資格がないとか、そんな事は聞いてないぞ?」
「……」
「アリエッタや他の奴でもそうだが、人に幸せかと尋ねるお前自身はどうなんだ?」
両肩に手を置いて、自身を向かせる。答えから逃げる事を許さないと暗に行動で示しているのだとわかっているからこそ、ジェイドも顔をあげるしかない。それでも視線はさ迷わせるだけで、ピオニーと目を合わせようとはしない。
「私…は…」

『お前が生まれたから…』
びくり、と肩が跳ねる。脳裏に蘇るのは過去の父の言葉。いつまでもジェイドの中に残り続ける数ある悪夢のひとつ。
「わた…し…」

『お前さえ生まれなければ、彼女は死なずに済んだんだっ!!この悪魔が!!死んでしまえばいい!消えてしまえ!』

「……だめ」
震える唇から絞り出した言葉は小さく、聞き取る事も困難。それでも至近距離にいるピオニーにはしっかり聞こえている。
「私は……あるべきだった両親の幸せを奪って生きている…。楽しくては駄目、幸せでは駄目…。人を幸せにする事もできない。私はそれを求めてはいけないのです」
ゆっくりと言葉を吐き、ジェイドはふわりと微笑む。微笑みは柔らかなものであるのに、頬には確かに涙が伝う。止まる事を知らないそれは、ジェイドの悲しみを表しているかのようで。ピオニーは肩に置いていた手を背中へ回すと、そっとジェイドを抱き寄せた。
「ジェイド。いいんだぜ?」
長い髪を後ろへ梳くように指を通しながら頭を撫でる。そうしながらも呼び掛ける声はどこまでも優しい。しかしピオニーの肩口へ顔を寄せるジェイドからは返事が返らない。返らなくても構わなかった。頭を撫でて、包み込むように抱き寄せて自分の思いさえ告げられれば。
「俺はお前といられればそれだけで幸せだ。ちゃんとお前は人を幸せにできる。それに…」
ぎゅっと回した腕に力が籠る。苦しくない程度に、それでも強く抱き締める。
「俺は誰よりもお前に幸せになってほしい。どんな裕福な奴らよりも、恵まれた奴らよりもお前に幸せでいてほしい。お前はこれ以上、自分を責めなくていいんだ。苦しまなくていいんだ」
ジェイドが責められる事など何一つとしてありはしない。ピオニーはずっと一緒に過ごしてジェイドを見てきた。弱くて脆い大切なひとを守りたいと思ってきた。なのに、守りたいひとは自分自身で自分を痛め付けている。
だから、もう自分を愛してやれと。許してやれと言ってやりたいのだ。
「お前は俺が必要だと言ってくれた。俺にもお前が必要だ。お前が俺に幸せを与えてくれる分……いやそれ以上の幸せを俺がお前にやる。だから、もう苦しまなくていい。もう泣かなくていいよ、ジェイド」
絶対に守るから。
そう続けるとジェイドは黙ったままだったが、ゆっくりとした動作でピオニーに縋るつくように腕を背へ回す。
「……私は…、私は…っ、必要なんかじゃ、なかった…!私がいなければ、父さんも母さんも死なずに済んだ…っ!…ピオニー…、助けてください…!貴方がいなければ、私は…」
肩口が湿っていく感覚と、ジェイドの震える体。嗚咽の混じった悲鳴のような声。ジェイドが子供のように泣きじゃくる事はない。だからこそ、これが正真正銘のジェイドなのだと思えた。助けてくれと縋るその姿を、必ず守ると更に強く誓う事ができた。
「もう『前世(まえ)』のようにはさせない。いつまでも何があっても一緒だ。ジェイドは要らなくなんてない。それを俺が証明し続ける。お前はそんな俺を見ていてくれ。ずっと傍で」
肩に触れる頭が頷いた事を確認して、ピオニーは小さな笑みを浮かべると、今まで以上に愛しげに抱き締めるのだった。




すべてのものからいつも守ってやる事は不可能なのかもしれない。でもあの時と同じで何がなんでも駆けつける。お前を傷つけるすべてを許さない。
守られてばかりだった王(おれ)とは違う。例え、この手を禁忌に染めたとしても、今回は俺がお前を守る。

守るから、笑っていてくれ、  なあ、ジェイド―…




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