廻る魂達の重奏曲2

□☆交わされる約束
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校舎より離れた一角にある建物の二階。そこは放課後は空手部の使用する覇気の溢れる武道場だ。
中等部から可憐な、けれどとてつもなく強い少女が入ってから、何故か大道芸よろしく名物が如く注目されるようになった一戦。その戦いこそ、この空手部の部員一同が目指すものであり、憧れだ。しかし週に一度、あるかないかのそれは賑やかな客と共に消えてしまった。
バタン!と嵐の前の静けさを思わせる静寂な空間に、大きな音がたつ。
「陛下ーっ!!」
慌ただしく入り込んできた赤。けれどその瞬間、一陣の紫の風が吹く。
「部長の試合、邪魔しちゃ駄目!」
「ソフィ、待て…!」
ピオニーの制止も虚しく、むっと不機嫌そうに頬を膨らませたソフィは、その可愛さとは裏腹に、容赦のない掌底を侵入者の腹に叩き込んだ。
「のわぁあぁぁ――…!?」
見事に飛んだ侵入者に、ピオニーは合掌する。

・・・・・・。

「うぅ…、死ぬかと思った」
そう涙目になりながら腹を押さえ、武道場の隅で丸くなっているのはルーク。その向かいにちょこんと座り、そうさせた本人ソフィはルークの頭を撫でていた。
「ごめんね、ルーク」
本当に悪気はないのだが、小首を傾げて上目使いに謝るその姿は、策略かと思う程可愛らしく、怒るに怒れない。そんな二人の元へ、他の部員に自主練を言い渡していたピオニーが歩いてくる。
「大丈夫か、ルーク?」
手にはどこから盗って……持ってきたのか水の入ったコップが持たれている。ほれ、と差し出されたそれを受け取ったルークは取り敢えず水を一飲みすると、大きく息を吐き、ピオニーを純粋としか言い様のない目で見上げた。
「お願いがあるんです!」

・・・。

「はぁ!?ジェイドに剣道部の試合に出るように頼め!?」
ルークからのお願いを聞いたピオニーは思わず、裏返った声で叫んでしまった。それに反応して手を止めたソフィをはじめとする部員達に、構うなと告げるとピオニーはルークの前に腰を下ろした。道着姿も様になってるな〜、と思考が軽く飛び去っていたルークは、目の前で難しそうな顔をしているピオニーに気づき、しゅんと項垂れた。
「もうすぐ高校の剣道大会があるんです。だから…」
「あぁ、待てよ。それは知ってる。ガイやアスベルが言ってたからな。で、なんでジェイドなんだ?と言うよりどうして俺に言う?」
剣道部の大会の事はピオニーも知っている。大会が近いから生徒会よりも部活を優先したいとガイ、アスベル、ヒューバートから直々に頼まれていたし、「頼むよ、ジェイド。出てくれないか?」「嫌です」というガイとジェイドのやり取りをつい昨日見たばかりだ。その時断られたからと言って、ガイが、『ジェイドを説得するならピオニー』という式の下、ルークを差し向ける筈もないだろうとわかっているからこそ、ピオニーは首を捻る。
「さっきジェイドのところには行ってきました…」
「で?」
「お断りします、ってすっごい笑顔で言われました…」
「だろうなぁ。んで、俺か」
こくりと頷いたルークを見て、ピオニーは頭を掻くと困ったなぁとぼやく。
「あいつを部活の大会に出すのは、ネビリム先生に気づかれずに理事長室から茶菓子を持ち出すくらい難しいぞ」
どっから出てきたその例え、とツッコミを入れるよりもルークは更に項垂れた。
「それって不可能に近いんじゃ…。って言うか、陛下、できたんですか?」
「うん?まぁ、一回だけ、な。取り敢えず、ジェイドは俺が頼んでも動いてくれんだろう。空手部の団体戦にも頼んで出てくれた事ないしな。……なんでもできるクセに」
最後の呟きにはルークも苦笑いを浮かべた。ジェイドの完璧な文武両道っぷりは校内中で知れ渡っている。前世の記憶が戻る前からジェイドはあちこちで引っ張りだこだったのだから。
「でも、あいつが入部希望だったろう?」
「あいつ…?フレン…先輩ですか?」
「ああ」
ぎこちなくもルークが頷きを見せると、ならとピオニーは続けた。けれどルークは退かない。ふるふると首を横に振るとまた俯いてしまう。それにはピオニーもかなり困ってしまい腕を組んで苦笑を浮かべるしかない。
「なんでそこまでジェイドを出したがるのか、聞いてもいいか?」
無理強いはしないが、と言えば、少しの間黙り込んでいたルークは俯いたまま小さく頷く。
「丁度二年前、中等部に入ったばっかりで俺、どこの部活に入ろうか迷ってて…。ガイにもアッシュ兄さんにも憧れてたから剣道部に入ろうかと思ってたんです。そう言ったら、ガイが高校の大会があるから見に行くかって言ってくれて…」
「なるほどな…、それで?」
「それで見に行った時に団体戦に出てたこの学校の先輩の動きがすっごく綺麗で、剣道部に入るって決めたんです」
「ん?待てよ…、まさか、それが…」
うんうんとルークの話を聞いていたピオニーだったが、何となくルークが言いたい事がわかったような気がしてそう先を促す。
「はい、その時の先輩がジェイドだったんです」
顔をあげてしっかりと頷いたルークは言い切った。それでも話をしていた時はその時の感動を思い出していたのか、声もハキハキしていたが、その後の事実を知った時のショックまで思い出したのか、再び徐々に項垂れていく。
「けど、入ってからどれだけ探してもジェイドはいなくて。後から聞けば、休んだ部員のピンチヒッターで入ってもらっただけの人だって教えられて。でもどうしても色々教わりたかったから、ガイが知り合いだからって名前教えてくれて、学校中探したんです。そうしたら…」

『見知らぬ人間に声をかける時はそれ相応の丁寧な態度をとるべきではありませんか?全く、子供というのは礼儀がなっていなくていけませんね。しかも廊下は走るものではありません』

「って初対面なのに、五分くらい叱られた上に、なけなしの小遣いで缶ジュース奢らされました」
「はっはっは!あいつらしいなぁ。ていうかそんな話聞いた聞いた!」
むぅっとしたままのルークには悪いと思ったが、ピオニーは高らかに笑っていた。しかもいざ聞けば、その内容は自分も知っているものだった。そんなピオニーの態度ににまた頬を膨らませるが、そんな事をしても無駄だとわかっている為、諦めて肩を落とした。
「しかも直後に冗談だって笑われて…」

『嘘ですよ、真に受けて可愛いものですね。まぁ、ジュースはありがたく奢っていただきますが』
『うわっ、ひど…』
『ふふ、今度は私が奢りますよ』

「それで知り合いにはなれたけど、剣道の事については何も言ってくれなかったし…。俺、もう一回でいいからジェイドの公式試合が見たくて。ジェイドは3年だからもう大会なんて言ってられなくなるし、今回を逃したら終わりなんです!」
真っ直ぐに見つめてくるルークの碧の瞳からピオニーは視線を逸らす事もできず、何よりもルークの必死さを無下にしたくなかった。ジェイドに勝つ勝算など無きに等しい。それでもピオニーは、よし!と立ち上がると髪を束ねていた紐をほどいた。
「生徒会室に行くぞ!」
それを聞くなり、パァッと表情を明るくしてルークも立ち上がった。
「ありがとうございます!」

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