守護の騎士

□!友情っていいね
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バロニアには七不思議という怪談話がある…。
王都地下を蠢く謎の六人組や、夜な夜なバナナばかりが盗難被害に遭う(大抵その後、ラント領主やストラタ軍の少佐が頭を下げて回っている)など、日常的に有り得そうにも関わらず、意味がわからない為、七不思議として恐ろしく思われている。その数多くが、ウィンドル国王リチャード陛下が正気に戻られてから消え去ったが、ただ一つだけその後に増えたものがある。
それは、王宮から聞こえる謎の声。一定の期間で聞こえる声は、瞬く間にバロニア全土へ知れ渡り恐怖の対象になった。

バロニア城。
「ともだちィィィっ!」
「あぁ!お気を確かに!」
城廊下からあがる奇声と、それを宥めようとする声。普通なら奇声をあげている人間などに関わりたくはない。そう、その錯乱気味の人間が一般民ならば、の話だ。こう記した事でもわかるように、それはただの人間ではない。この国の賢王リチャードなのだ。
「陛下!陛下、しっかりなされよ!」
側近達が口々に言うが、リチャードは一心不乱に「ともだちィっ!」と叫び続けるばかりで戻らない。
「く…っ、こうなった以上仕方がない。誰か、誰か!ラントへ使いを!ラント領主を呼べ!」


そんなこんなで、ラント領主、アスベル・ラントはソフィを連れて王都バロニアへ来ていた。
「アスベル。リチャードに会いに来たの?」
きょろきょろと馴れ親しんだ王都を見回した後、ソフィが言う。アスベルはその質問に、淡く翠に輝くこの国の主張、大翡翠石(グローアンディ)へ向けていた目をソフィへ落とし、穏やかに笑む。
「ああ。陛下が戻ってきてからはあまり会えなかったからな。ソフィも楽しみだろう?」
そう言われ、ソフィは表情を綻ばせながら、こくりと大きく頷いた。けれど、商業区を歩いていたアスベルの隣のソフィが足を止める。
「どうした、ソフィ?」
「何か…聞こえる…?」
アスベルの質問に、更に首を傾げながら疑問系で返す。アスベルも同じように耳を澄ませてみる。そうすれば、確かに、僅かな音が聞こえる。次第に大きくなりつつあるその声の出所は、前方の王宮付近から。何かあったのだろうか、と思いアスベルはソフィを見る。
「行ってみよう」
「うん」
そうして駆け出した直後だった。物凄い勢いでアスベルに何かがぶつかったのは。ぶつかった、と思ったのに、自身が後ろに倒れる事態にはならず、しかも何やら前が暖かい。背中にも感じるそれに、アスベルは反射的に閉じた目を開ける。そうすれば、視界に入ったのは金。綺麗な金の髪。ソフィが明るく呼んだ名前で、漸くそれが人であると判断できたアスベルは、ふ、と息を吐く。
「何をされているんです、陛下」
ぎゅ、と強くしがみついたままのそれ――リチャードは声を聞くと顔をあげた。
「アスベル、来てくれたんだね、アスベル!」
ぱぁっとお菓子でも買ってもらった子供のように無邪気に笑うリチャードに、アスベルは、久しぶり、と返す。その様子を見ていたソフィは唐突にリチャードの後ろへ近寄ると、同じようにむぎゅ、と抱きついた。
「ソフィ?」
「アスベルばっかりずるい。わたしも、ぎゅってする」
ともだちでしょ?と続ければ、アスベルから離れたリチャードはソフィの腕を解き、頭に手を乗せる。
「そうだね、ソフィも本当によく来てくれたね」
ふわふわとした空気を微笑ましく思いながらも、アスベルははっとして尋ねる。
「それでどうしたんだ?何の用事かは聞かされてないんだが」
その質問に一度目を開いたリチャードだが、ああ、と言うと首を横に振った。
「特に用事はないんだ。ただ僕がきみ達に会いたくなってね」
『会いたい、で徘徊されたら堪りません byデール』なんて臣下の嘆きなど気にしていないリチャードは腕を組み、顎に手を当てるとややふてくされたように表情を変える。
「本当はシェリアさんやヒューバートにも会いたかったんだけど、シェリアさんは都合が悪かったんだろう?」
「ああ、ラントの救護施設を任されてるからな」
「シェリアは会いたがってたよ」
「本当かい?それは嬉しいね」
「で、やっぱりヒューバートも忙しいって?ラントにも顔出さないからな」
一連の流れの後、尋ねたアスベルに、リチャードはマントから紙切れを取り出す。これを、と差し出されたそれには一文…いや一言、『暇無し』と書かれていた。
「彼も会いたかったと思ってくれていると信じているよ!」
この手紙の言葉を見てもそう言い切れるリチャードに、僅かに尊敬の視線を向けるアスベルだった。
「リチャードはお仕事ないの?遊べる?」
七年程前の子供の頃の思い出を思い出しているのか、わくわくとした表情でソフィは尋ねた。リチャードは紙切れをまた大切そうにマントへと戻し、ソフィへ微笑みかける。
「ああ。今日はお許しが出たし、バロニアの優秀な騎士たるアスベルがいるなら問題ないさ」
「むー。わたしは?リチャード」
「勿論だよ。ソフィも頼んだからね」
「うん!」
アスベルは、まるで仲のよい兄妹みたいだな、と二人を見ながら、遠い砂漠の地で忙しくしているだろう大切な実弟を思い出す。少しぼーっとしていたのか、二人から「アスベル?」と呼び掛けられて現実に引き戻された。
「あ、ごめん。じゃあ何する?」
にこやかに尋ねれば、二人は声を揃えた。
「バロニア見物!」
くすくすと笑いあっている二人につられて、アスベルも柔らかく微笑む。

<な?ラムダ。この世界は、人間はとても綺麗だろう?必ずしもそうとは言えない。けど、繋がる心は美しいものなんだ>

右の澄んだ青とは違う、左の紫の瞳に手を触れ、内心で問いかける。答えは返らないけれど、そう、今は眠っているだけだと言い張る。

<早くお前に見せてやりたいよ、ラムダ>

どこに行こうか、などと話をしているソフィとリチャードの後を追いながらアスベルは自身に住む、もう一人に語りかけた。


それからというもの、七年前のように騎士学校の前を巡り(以前と違うのは中を探索した事)、大翡翠石のある広場で話をしたり、時間があっという間に過ぎてしまう程、楽しい時間をすごしあった。
「最後はアイスキャンディーを食べよう!」
唐突に言い出したリチャードにアスベルは、きょとんとしながら尋ねる。
「アイスキャンディー?またなんで」
「僕は昔から食べ物にも規制されていてね。自分の国の城下のものなのに、ほとんど食べた事がなかったんだ」
だから、と言う前にソフィに手をとられ、リチャードもアスベルも連行される。
「ソフィ!?」
「アイスキャンディー、買うの!」


「で、俺が払うんだな…」
嬉しそうにアイスキャンディーを眺める二人と、自分の持つアイスを見てアスベルは小さくぼやく。しかし人がいいアスベルは、笑顔が見れるのならばと妥協するのだ。
「リチャード、嬉しい?」
「ああ、嬉しいよ。ありがとう、ソフィ」
言ってから、視線はアスベルへ向く。皆に好かれる所以たる柔らかな笑顔で、ぺこりと頭を下げる。
「ありがとう、アスベル」
「リチャード……」
「本当にいつもきみには感謝しなければならないね」
「………アイス、溶けるぞ」
真面目だったのはリチャードだけで、ソフィは、はむはむとアイスを頬張っているし、アスベルも溶けない内にとくわえている。アスベルに忠告され、自分の手元を見たリチャードは、徐々に陽射しに当てられ形を崩していっているアイスキャンディーに焦り出す。
「あぁっ、本当だ!」
そうして急いで食べようとするのだが、
「………あ」
声をあげたのは三人同時。向けられる視線は地面。ボテ、と棒から滑り落ちたアイスは地面に美味しくいただかれる事になった。
「僕は…僕はなんという事を……っ!」
がくりと無惨な姿になったアイスの側へ膝をつき、リチャードはまるでこの世の終わりのような(大袈裟だよ)絶望的な声を絞り出す。側を通りかかる人々が生暖かく見守っているのは言うまでもない。今にも泣くのでないかと思う程落ち込んでいるリチャードを見ながら、アスベルは困ったように頭を掻く。が、ふと、自分の手元のそれが目に入り、よしと小さく呟くとリチャードの側へ身を屈ませる。
「これやるから元気出すんだ」
そう言ってアスベルが差し出したのは『あたり』と書かれたアイス棒。
「それでもう一本貰えばいいだろ」
「でも、アスベル。これは、きみの…」
差し出された棒とアスベルの顔を交互に見ながらリチャードが言えば、反対側からも棒が差し出される。
「ソフィ…」
「わたしのもあげる。だから笑って?」
差し出された二本のあたり棒と二人の顔を見、しかし、リチャードは俯く。
「駄目だよ。それはきみ達のものなんだから。きみ達が使うのがきまりだろう…」
「きまりってなんだよ!そんなきまりなんて無視したっていいじゃないか!……俺達はともだちだろ?」
「アスベル…!」
急に叫んだアスベル(元はかなり感動シーンに使った台詞)に驚きつつも、リチャードは感激し、アスベルを見上げる。
「そうだよ、わたし達、ともだちだよね?」
「ソフィ…、きみまで…!」
もう一度俯いたリチャードだが顔をあげると二本のあたり棒を受けとる。
「ありがとう!本当にありがとう!二人とも!」
そうして新たな友情の誓いが行われた瞬間、「陛下ぁっ〜!」と時間が来た為、迎えに来た臣下にリチャードは連れていかれた。

「さて、俺達はラントに帰ろうか」
「うん」


後日、リチャード陛下の私室にはあたり棒が二本、大切に飾られていた。




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