新帝国建立祭

□月の猫
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――猫を拾ったんだ。
あいつが遠征に出ちまって憂鬱だった時にその猫は俺の前に現れた。
月明かりに輝く暗い金の毛並み、じっと、こちらを窺うように見る目は深い赤。
警戒しているのか私室の窓際で丸くなりながらでも隙を見せない鋭さ。近寄れば少し目を細めて、触れようと手を伸ばせばパシリとしなやかな尻尾で打たれた。
何度か繰り返して、諦めた。警戒心の塊で人を近付けなくて、なのに仕方無いと離れようとすれば赤い瞳を縋るように揺らす。

…あいつみたいだ。

他人を信じられないと射抜くように赤の目を向け、孤独を好み、なのに棄てられる事を怖れる、実は脆くて、ガラスのような繊細な心を持っていて、凄く寂しがりな、この世のどんなものより愛しいあいつ。
「…ジェイド」
今は遠く離れているあいつの姿を思い浮かべて呟くように名前を呼べば、目の前の猫がぴくりと耳を動かして反応した。ゆらゆらと揺れている尻尾。
「…お前じゃないけどな」
ふ、と自嘲気味に小さく笑えば猫が立ち上がり緩慢な態度で歩み寄ってきて俺の手の甲に前足を置いた。少しは心を開いてくれたのかと思ってこちらが手を伸ばせばやっぱりぴしっと尻尾で打たれる。
けどそんなやり取りをしているだけで、あいつの無事を心配しているしかない自分の情けさを感じる時間を紛らわせる事ができる。
演習程度だとあいつは言うだろうけど本当はいつだって傍に置いておきたい。
軍人なんてもの辞めさせたい。
いつだって戦場へ出撃令を出す時は胸が張り裂けそうで。
本当はいつだって止めたかった。
血に濡れて苦しむ姿など見たくない。
俺だって、あいつを守りたいのに。あいつは俺を守る為だと笑う。
どんな事にも煩わしい皇帝の地位。

それが悔しいんだよ。

「にゃ…」
手に暖かみがあると思えば指を舐めていた。それがあいつの優しさと被る。
逸早く誰よりも俺の気分を察し、傍で支えてくれる優しさ。
さっきよりどれくらいか優しくなった視線にゆっくりと頭に手を伸ばせば撫でさせてくれた。目を伏せてぷい、とそっぽを向いている猫は素直じゃないあいつと一緒。
ああ、これであいつが帰ってくるまでは大丈夫だ。
「頼むよ、ジェイド」
そう呼び掛ければ鳴き声はあげてくれなかったけど、少し迷ったらしい後、ベッドの上にいた俺のあぐらの間で体を丸めてくれた。

大丈夫だ、ちゃんと待てるさ。だけど、早く帰ってきた『ジェイド』に会いたいと思った。

帰ってきたあいつに、離れていた間に募った沢山の好きを送ろう。

そう思ったら余計に早く会いたくなっちまった。

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